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映画「永遠の語らい」
ポルトガル人の母と娘がインドにいる父親に会いに行くために旅をする。航空機に乗れば楽に1日でいけるところを、歴史学者でもある母親は様々な土地を歩きたい、娘に見せたいという思いで、客船で旅することを選ぶ。マルセイユ、ナポリ、イスタンブール、カイロ、そしてスエズ運河を通過して紅海へ。その旅路での出会い、そして思いもしなかった事件に遭遇し・・・

僕の中では「観光」と「映画」はとても相性の悪いものということになっている。旅は好きだ。でも、観光的な映画は面白くない。絵葉書のような構図で撮影された風景は、映画がもっとも嫌うものだ、と。「永遠の語らい」(マノエル・ド・オリヴェイラ監督)を見て驚くのは、そんな思いが払拭されて、ただうっとりと見惚れてしまうことだ。
前半は観光的イメージの連続だ。「ああ、いいいなぁ。美しいなぁ」としみじみ見入った。母娘がマルセイユの港で出会うオジサンは、いかにも当地にいそうな魚介売り。ポンペイの遺跡で眺めるのは、よく絵葉書になる「番犬」のタイル絵(僕も見た!)。ギリシャの遺跡では聖職者が歴史の説明してくれるが、これだって詳しいガイドブックだったら書いてありそうなこと。でも地元の人と語らう場面を見てて、僕はうきうきしてきた。

娘が母に投げかける素朴な質問と、それにたとえ話を混ぜながら優しく答える母親との間の会話が、目に映る風景をより味わい深いものにしている。カメラで切り取られたこれらの風景には、歴史学者の目と子供の目という2つの視線が重なっている。船が出港するたびに母と娘はデッキに並んで立って人々と街を眺めていた。やっぱり、あの2つの視線(目の数でいったら4個)なんだな。喩えようもないほど映像を美しく見せているのは。そして、海原を航海する船の存在が大きい。波を切る船首の映像が繰り返される。岸辺に寄せる波のように一定のリズムで繰り返す編集は、物理的な広さとは別の感覚で、海の存在をスクリーン上に浮かび上がらせる。より人間的な海、より歴史に深くかかわる海の存在。

僕が特に好きだったのはカイロのホテル・ロビーの場面。母娘と有名らしい俳優との間の会話で、壁画に描かれた歴史上の人物と映画の登場人物が違和感なく同じ時間を共有しているように思える瞬間だった。

というわけで、「永遠(とわ)の語らい」は劇的ドラマや豪華スター競演なしでも、充分に引き込まれる映画だったといえる。後半のジョン・マルコヴィッチ船長と、カトリーヌ・ドヌーヴたちが演じるセレブの会話が退屈で困ったとか、最後に起こる事件の展開がぴんとこないという人もいるだろう。けど、映画に溢れる優しさとぬくもりから、このマノエル・ド・オリヴェイラ監督の作品は充分感動的だったといえる。

撮影を担当している誰なのかと思ってプログラムを見ると、エマニュエル・マシュエルといって、オリヴィエラの「クレーヴの奥方」のほかに、ペドロ・コスタの「溶岩の家」も撮った人だと知った。「溶岩の家」はペドロ・コスタ作品でもお気に入りの映画なので、この発見には満足。
| 2004年4月の映画 | 18:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
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