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映画『ある朝スウプは』
小さなアパートに同棲している若いカップル。ふたりの暮らしは不安定のようだ。男はパニック症候群で通院している。女は今の仕事を辞めたいらしい。それでも、狭い部屋で身を寄せ合うように暮らしている。互いにいたわり合って・・・・いや、そのはずだったが、そうじゃなかった。男はあるセミナーに通うことがきっかけで、新興宗教にのめりこんでいく。それを知った女は男から財布をとりあげて、部屋から出さないようにする。気がついたら二人の心は離れてしまっていた。しかし、女の方はなおも執拗に絆を取り戻そうとする。「あなたの心は病んでいる」と非難する、この女の心も病んでいるように思えてくる。こうして修羅場のような日々が続く。

私たちの社会では宗教は個人の自由だと誰もが認め合っている。一方で、新興宗教とその活動家に対して、私たちは生々しい違和感に襲われ、時には嫌悪感にまで発展する。その原因を合理的に説明できるかといえば、それは難しい。底知れぬ不気味なものにたいする恐怖感。自分の身近に同じようなことが起こったら・・と想像せずにはいられない。いたたまれない感覚。スクリーンに映っている光景を、見たくないと思いつつ、最後まで見届けてやろうと思う、もうひとりの自分。ある朝スウプは」を見ている心理状態は、生理的に決して受け付けないホラー映画を見続けている状態にちょっと似てなくもなかった。

登場人物たちの心の揺らめきをカメラが冷徹に見つめている。観客は感情移入できない。主人公たちを冷たく突き放してみつめる視線が作品全体に貫いていて、そこに峻厳さを感じた。男が閉じこもる手洗いの窓に、女がモップの柄を差し込んで、その頭で一体何考えているのよ、と男の頭をコツコツ叩くシーン。ああ、あの場面の鬼気迫っていたことよ。そのあとの窓越しの二人の会話。見てるのがつらい映画だ。

女の最後の捨てセリフは、「やっぱり私たちって他人なのね」。こういう言葉で締めくくられるは、映画のラストとして一般的にはダサイ方だと思う。一方で、そんなことを気に留めない監督・高橋泉の若さ、純粋さに感服したもいえる。このヒロインの女は確かにここでこんな捨てぜりふを言うような女として、圧倒的な存在感を醸していた。こういう登場人物たちの不器用でかつ直裁的な自己表現が、この「ある朝スウプは」を、これまで見たことのない新鮮で魅力的な映画にしているんだなと思った。身を切るようにつらいながらも、見る価値のある映画だった。
| 2005年8月の映画 | 00:59 | comments(0) | trackbacks(3) |
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