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ドキュメンタリー「阿賀の記憶」
見るんだったら、前作「阿賀に生きる」を見直さなくちゃだめ。そう友人に言われていたっけ。でも無視して「阿賀の記憶」だけを見に行った。だって映画館は東中野という都内のはずれにあるし、週末はいろいろ用事が立て込んでいるから、許して。

ドキュメンタリー映画・・なハズだが、見ていると別のジャンルのような気がしてきた。前に見た別の映画の記憶が呼び起こされる。ある意味で、シネフィル(またの名を映画中毒者)向きドキュメンタリーかも。日本の田舎の典型的な風景をみながら、ロシアの平原を疾走しながら撮影したソクーロフとか、自宅をセットにして女優がひそひそ話する光景だけで映画をつくったデュラスとか、多民族がパズルのように入り組む中東を横移動撮影したギタイとか。

「阿賀の記憶」を風土の記録としてだけでなく、映画的な記憶の保存場所して楽しんだ。でも、いわゆるシネフィルでもないひとが、この「阿賀の記憶」を見て面白いと思うか?それは想像がつかないなぁ。そういう人がいたら、お話ししてみたいものだ。
佐藤真監督が1992年に製作した「阿賀に生きる」は公開時に見た。ええと、あれは六本木のシネヴィヴァンだったよね?阿賀野川流域発生した公害(新潟版水俣病とも呼ばれる)の被害者のお百姓さんたちの生活をゆるやかなリズムで記録したドキュメンタリー。おばあちゃんが白いワゴン車に乗る場面が印象的で、おばあちゃんは蜜柑の皮をむきながら同乗者と楽しげに世間話をしていた。老人会の遠足でも行くのかと思ったら、これが公害訴訟のために地方裁判所に行く途中で、毎月この光景が繰り返されると知った時、僕は身震いがして、とめどもなく涙が流れたことを覚えている。公害問題をあからさまに描くのではなくて、その土地に生きる人と流れる時間をフィルムに焼き付けた意味で、「阿賀に生きる」は今でも傑作だと思う。

あ、これは10年以上前にみた「阿賀に生きる」の話。今回見た「阿賀の記憶」は、佐藤監督が前作で取材した土地と人を再訪して撮影したドキュメンタリー。「撮影地を再び探訪してみました。あのおじいさん、今どうしているでしょう?」そういうノリなのかと思ったし、実際そういう意味もあるようだ。ただ、本作品ではナレーションや字幕の説明が一切入らずに、いきなり前作で登場した土地や人が出てきて、おじいさんが昔話(しかも難解な方言で)を始めたりする。前作を知らない人は確かに「これってなに?」と思うことは必定だ。公害についても言及されないし、加害者だった昭和電工の工場もでてこない。現在の被害者の病状についても語られない。

前作「阿賀に生きる」もいわゆる社会派映画のようにメッセージを直接的に投げかける作品ではなかった。ただ骨格があって心棒が通っていたけど、この新作は骨も心棒を抜いたぐにゃぐにゃ状態のようだ。浜にあがったクラゲのようにぐにゃぐにゃして、捉え所がない。何を撮りたいのかよくわからない手持ちカメラは、迷い箸しているみたいに、あっちこっちに振られるので、なんか映像に落ち着きがないなぁとさえ思ってしまった。

芋が置かれた薪ストーブが延々と写し出されて、その部屋にいる人(住民とスタッフ)のぼそぼそ話すが聞こえる。ボソボソボソ・・・。薪のパチパチいう音。うーん。いうならば、デュラス映画に日本的な人情を加味した感じかな。終盤近くで、おばあちゃんが柿の実を枝からもぐシーン。風がぴゅうぴゅう、木の葉がかさかさ・・・そして、路地に出て行ったおばあちゃんの後ろ姿。なるほど、独特のリズムで編集された本作品はドキュメンタリー映画とはいえ、詩的な情緒を湛えた作品あることは確かだ。朽ちた家と薄れていく記憶。

正直言って作品の善し悪しはよく分からない。ただ、この『阿賀の記憶』を見ればドキュメンタリーというのは実にバラエティに富んだジャンルなんだなぁと実感できる。
| 2005年6月の映画 | 00:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
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