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「ラグース Ragus」アイリッシュダンスショー
アイリッシュダンスショー「ラグース」を日本公演の初日(6月30日)になかのZEROホールでみることができた。アイルランドの西海岸からさらに沖合に浮かぶアラン島を拠点にして活動するグループ。

アラン島といえば、草創期のドキュメンタリー「 Man of Aran / アラン」(ロバート・フラハティ監督)の舞台になっている島。もともと漁師が着ていたという独特の文様セーター、アメリカ人をはじめとする多くの外国人が夏の間訪れる観光地、古代遺跡があって、痩せた土地しかない辺境の地、、伝説に満ちた風土・・・僕は一度、この島に観光で行ったことがあった。あのときはまだアラン島を拠点にする「ラグース」は結成されていなかった。

知り合いから借りてビデオでみたラグースについて感想は以前書いていた。また、ある年には都内の観光イベントの仮設舞台で演じていたことも。2006年になってようやく生舞台の「ラグース」見られた!深い感慨に耽って、その夜は友人と居酒屋で盛り上がったことはいうまでもない。

「Ragus ラグース」とは「衝動」、「欲望」という意味らしい。このショー、とってもシンプルで素朴。アイリッシュダンスと聞いて「リバーダンス」を思いうかべる人にしてみれば、「ラグース」はなんとも田舎っぽいというか・・ その田舎っぽさが「ラグース」の美徳だ。

この公演は絶対に小さな劇場で行われるべきだ。舞台にいるダンサーと客席との距離がとても密接に感じられる。「リバーダンス」はアイルランドという特定の地域を超えて空間と時間の広がりを感じさせる。広い舞台に写し出される「ケルト的宇宙観」!といったらちょっと大げさになるけども、ダンサーは大勢だし、その洗練されたみせかたはさすがだと思う。

それに較べて確かに「ラグース」は洗練されていないが、その魅力を挙げれば、単刀直入にこうだ。
*背筋が伸びてお行儀のいい姿勢お姉さんダンサーたちが長い足を上げたり下げたり。はたまたぴょんぴょん飛び跳ねたり。そういうのが可愛らしい!
*粋がった感じのあんちゃんダンサーたちの足さばきが超人的に速い!
*ダンス音楽を演奏するだけと思っていたミュージシャンたちが勝手に盛り上がって、延々と同じメロディを演奏し続けるのが愛嬌があって可笑しい!
実際、中野のホールではアイリッシュダンスを初めて見るらしいおばちゃん、おじちゃんたちが拍手喝采で盛り上がっている瞬間が多々見受けられた。

このハートウォーミングな雰囲気を楽しむには、アイルランドの有名な歌“Green grow the Rushes"の歌詞を覚えていくといいでしょう。きっとミュージシャンのリーダーが歌え、歌えと観客に誘いかけるに違いないから。
Green grows the rushes,
Green grows the rushes,
The sweetest hours that ever I spent
Are spent among the lassies,

There's naught but care on every hand
In every hour tha passes,
What signifies the life of man
If it were not for the lassies,
......
(アルタンのアルバム「another sky」から抜粋)


Ragus the Show Official Site
| 舞台をみつめて・・ | 23:41 | comments(0) | trackbacks(2) |
オペラ座バレエ団公演「白鳥の湖」
パリ・オペラ座「白鳥の湖」
4月21日 東京文化会館 パリ・オペラ座バレエ団 日本公演 「白鳥の湖」 アニエス・ルテステュ、ニコラ・ルリッシュ、ウィルフリード・ロモリ

東京文化会館に平日夜に行くと、時間がないせいか、上野駅で蕎麦を立ち食いする。去年2月のハンブルグ・バレエ『ニジンスキー」のとき、そして、今回のオペラ座バレエ団の「白鳥の湖」を見たとき、どちらもうっとり陶然しながら呆然としながら、蕎麦を口に掻き込んでいた。なんとも、まあクラシック・バレエには似つかわしくないんだけど、脳裏に焼き付いた舞台を思い出しながら、こうして空腹を抑えるのが習慣となってしまった。

パリ・オペラ座バレエ団が見せたヌレエフ版「白鳥の湖」では、王妃はあまり存在感がなくて、王子につきもののマザコンっぽさが目立たなかった。ジークフリート王子は端正な感じのニコラ・ルリッシュ、対するロットバルトのウィルフリード・ロモリは前半は善良そうだし後半も悪魔と呼べるほど悪賢そうにも見えなかった。王子とロットバルトが敵対している感じがあまりしないのが不思議だった。
一方、アニエス・ルテステュの優雅さといったらなかった。オデットとオディールが劇的なほど対照的に演じ分けられているとは思えなかったんだけど、これってやはりヌレエフ版の特徴なのかな?それともルテステュが漂わす雰囲気のせいなのかな。そこらはクラシック・バレエをそれほど見ているわけじゃないからわからない。(別の白鳥の湖の感想 パトリス・バール振付 マシュー・ボーン振付

とにかく、その世界に耽溺したといえるくらい、舞台の「白鳥の湖」に見入ってしまった。音楽の情緒に合致した細かい仕草を一つ一つ食い入るようみてた。また、群舞の動きはかなり複雑なのに、その編成の形や移動の軌跡がはっきりわかる。はぁ〜と溜息つきながら、いいなぁ、パリに暮らしていたらしょっちゅう通えるのに、と思いながら鑑賞していた4月21日のパリ・オペラ座の「白鳥の湖」だった。
| 舞台をみつめて・・ | 23:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
アイーダ・ゴメス「カルメン」
アイーダ・ゴメス
アイーダ・ゴメスのフラメンコ舞踊劇「カルメン」を見てきた。華麗で優雅なフラミンゴがステージに舞い降りたような気がした。

カルロス・サウラの映画「サロメ」の妖艶な舞姿が記憶に生々しく残っていた。カルロス・サウラの映画はいろいろ見てるけど、アイーダ・ゴメスほどかっこよくて、スタイル抜群で、美貌のダンサーは見たことない。その後すぐに来日したが、その1回目の日本公演のときは映画の印象がなまなましすぎて、かえって舞台を見る気になれなかった。それが今回の来日記事を見て、なぜか無性にステージに立つ彼女の姿が目にちらついて・・・気がついたら、当日券を買って、渋谷オーチャードホールの一階席に座ってた。
やはり周囲は観客はフラメンコをやってそうな女性が多かった。カーテンコールのあと、最後にダンサーたちが、いわゆるタブラオでやってそうなフラメンコを披露してくれたんだけど、僕の隣のお姉さんの手拍子はまさにフラメンコのあれ。パンパカパンパカ、と今にも自分が舞台に上がって踊ろうかという気合いの入れようだ。

ステージはよかった。ただ、僕はフラメンコ音楽を聞くとどうしても眠くなってしまう。それが難だ。アイーダ・ゴメスは舞台で見ても妖艶であることにかわりない。ダンス自体は映画の「サロメ」の方が、ほんとうは印象が強烈だったけど、あの時は相手役の男性ダンサーがよかったせいもあるだろう。まあとにかく、生の舞姿も見られたので満足。純粋に踊りだけみたら、かつて「リバーダンス」にでてたマリア・ハペスのほうが、アイーダ・ゴメスより力強い気がする。

アイーダ・ゴメスが再び出演するカルロス・サウラの新作映画「イベリア」も見てみたい。容姿に心を奪われては、だめですか?・・・いや、いいでしょう(自問自答)。
| 舞台をみつめて・・ | 23:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
『カフェ・ミュラー」&『春の祭典』(ピナ・バウシュ/ヴッパタール舞踊団)
今回のピナ・バウシュの公演では一緒に行くはずのダンス好きの知り合いがいけなくなったので、最近フォークダンスのサークルに入っているらしい母を誘った。クラシック・バレエは知っていても、ピナ・バウシュは母にとって初めて。しかも、あの難解らしい「カフェ・ミュラー」を見せるのだから、”コンテンポラリー・ダンス”について予備知識を与えるべきか?迷ったけど、「モダン・ダンスだよ。決まった物語はなくてカフェにいろんな男女が出入りする様子が舞踊化されているらしいよ」とだけ、上演前に説明しておいた。

座席は1階2列目。手を伸ばせば舞台が触れそうなほど間近。相撲でいう、いわゆる“砂かぶり”の状態で、ピナ・バウシュ/ヴッパタール舞踊団の『カフェ・ミュラー」と『春の祭典』を見た。舞台の幕をつかわない。休憩時間に舞台の準備をする様子を観客の目に曝すのも、ヴッパタール舞踊団らしい演出。裏方さんたちが『春の祭典』のために舞台に赤土を運んでいた。とはいえ、上演時間が45分+30分だけというのちょっと寂しい気もするのだけど。

「カフェ・ミュラー」は、ピナ・バウシュの代表作だけど、見てもそれほど驚きもなく、なんとな〜く見て終わったのは、予備知識がありすぎたせいか、それとも彼女のスタイルをすでに知っているせいなのか?ヴッパタールのベテランダンサーたちにまじって踊るピナ。両腕を前に差し出し、静かに祈るような、また異性との出会いを待ち受けているような、姿勢で亡霊のように舞台を行き来する。時には壁にぶつかって床に倒れ込む。最後は頭にカツラまで被された。ふ〜ん、ここまでやるのかとぞっとする思いがした。ただし、正直言って、新鮮な驚きも特になかった。たぶん、こういう感じだろうと想像していた通りだったから・・・母は「へぇ〜」といってたが、特に面白いともつまらないともコメントしなかった。
「カフェ・ミュラー」はコンパクトにまとまったピナ・バウシュの世界。「カフェ・ミュラー」に見られる多くの要素が以後のピナ・バウシュの作品にもあるようだ。これが初めて上演されたときは多くの議論を巻き起こしたことは想像できる。ただ、僕個人は、もっと入り組んで混沌としたピナ・バウシュの振付作品群のほうを見ることに喜びを感じる。

「春の祭典」はといえば、さすがに間近だっただけに迫力があった。踊り手たちは大地を踏みしめ、土を蹴飛ばして、ダイナミックに動き回っていた。「砂かぶり」とはまさにこのこと。舞台対角線の方向にいた観客はほんとうに土を被ったんじゃないかしらと、母は心配していた。ヴッパタール舞踊団はパフォーマスみたいなことばかり舞台でやっているけど、実際にはクラシックバレエの訓練もしていると以前から聞いていたが、筋肉たくましいダンサーたちの跳躍を見て、やっぱりそうだったかと納得。
男女16組のダンサーたちの顔ぶれは今までのヴッパタール舞踊団公演で馴染みの人もいれば、そうじゃないひとも。インド風の顔つきの人がいたので、調べてみたらやっぱり昨年「ネフェス」で来日していたShantala Shivalingappaだった。「ネフェス」のときの、まるで文楽人形のような端正な動きとはまた違うダイナミックな動きを見せていた。

ピナ・バウシュ版「春の祭典」は、パリのオペラ座でも上演されている。僕が去年「オルフェオとエウリディーチェ」をパリで見たときのように、当然オペラ座ではオーケストラ生演奏がつくのだろう。ヴッパタール舞踊団が演じる「春の祭典」もよかったが、チケットの値段と劇場の規模からすれば、もう一幕出し物(またはもうひと工夫)がほしかった気がする。

母が休憩時間に「変わった格好のオジサンがいる」というから見たら、アラーキーだった。変わらず、ピナ・バウシュの公演では観客に業界の方や著名人の割合が高いようである。他にはデザイナーの山本寛斎らしきひととかがいた。バウシュの公演では珍しいことに、あの女性タレント(!)はいなかった。この金曜日の夜の公演で、国立劇場の一階はほぼ満席だったが、2階3階は空席が目立った。
| 舞台をみつめて・・ | 10:02 | comments(0) | trackbacks(1) |
文楽「天網島時雨炬燵」
国立劇場小劇場で2月12日に鑑賞。文楽を観るのも久しぶり。能と言い、文楽といい、続けて日本の古典芸能を2月に観ているのは、年明けの正月に「今年はもっと古典に親しむぞ」と心に決めてチケットを手配しはじめたからだ。しかし、歌舞伎はまだいってない。土日の安くていい席のチケットは入手しにくいからだけど、コストパフォーマンス的には文楽や能のほうが高いとも思う。

この日の演目は文楽よりも歌舞伎で親しみがあった。今でも鮮明に覚えている。故・中村歌右衛門が演じた小春。首くくるのと、喉を切るのと、どっちがより痛いか、と客に聞くときの台詞廻しが耳に焼き付いている。その中村歌右衛門の小春は本当に“廓に生きる女”という実感があった。でも、この日の文楽で小春の人形遣いだった吉田和生の動きは工夫が足りないような気がした。まあ、批評できるほど文楽に詳しくないんだけど。
語りが住太夫に変わったところで雰囲気ががらっと変わった。特に桐竹勘十郎が遣う治兵衛の動きには魂が吹き込まれているようで、とてもよかったと思う。続く「天満紙屋内の段」の女房おさんで吉田蓑助が見せる動きはといえば、言うまでもなくさすが。「時雨炬燵」という題名のもとになっているこの場面は、やはり歌舞伎で中村歌右衛門のおさんが印象にのこっていた。どういうわけか、この日の文楽は歌舞伎と比較しながら観てしまった。人間が演じるにしろ、人形が演じるにしろ、舞台で造形される人物像は同じだと思う。

ところで「天満紙屋内の段」の後半に千歳太夫がでてきたのでびっくりした。まんまる頭の千歳太夫って昔から気になっていて秘かに応援していたんだけど、しばらく文楽観ないでいる間にずいぶん出世していたんだ。三味線はしかも鶴沢清治さん。凄いじゃないか。
| 舞台をみつめて・・ | 00:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
国立能楽堂「竹生島」
2月17日、千駄ヶ谷の国立能楽堂で能「竹生島」を見た。脇正面3100円。久しぶりの国立能楽堂で嬉しかった。たぶん数年ぶり。初めの大蔵流の狂言「鎌腹」ではちょっと眠くなったけど、能の「竹生島」は面白かった。やっぱり能は時々見るべき物である、と実感。

もちろん、僕は他の多くの観客と同じく、紙に書かれた詞章を読みながら観てる。数行ごとに読んでから目を上げて能舞台を観る。すると、この「竹生島」では謡曲の言葉がけっこう聞き取れる。冒頭のワキの台詞「竹に生まるる鶯の、竹に生まるる鶯の、竹生島詣で急がん」と聞いて、風に撓る細い竹の枝に小鳥が留まっている光景が瞼に浮かび、人の命の危うさ、生きることの心細さみたいなものが迫って、胸が締め付けられた。舞台では“臣下”と名乗る男が旅姿で立っている。能とは言葉のイメージの繋がりと極端に簡略化され様式化された舞台の視覚的なイメージの繋がりでつくられているものだとわかる。

このあと、つくりものの舟がでてきてよかった。舟にのってシテが現れる能は大好きだ。骨組みだけの舟。舟というより、舟のイメージ。
ワキ 「嬉しやそれこそ誓いの船、法の力と覚えたり」
シテ 「今日は殊更のどかにて、心にかかる風もなし」
とか、地謡の「山々の春なれや、花はさながら白雪の。降るか残るか時知らぬ。山は都の富士なれや、なほ冴えかえる春の日に、比良の峰颪吹くとても、沖漕ぐ舟はよも尽きじ」
なんか分かるような分からないような言葉の連続だけど、舟と社殿らしきものがあるだけの簡素な舞台が僕らを夢幻的な世界へ運んでくれる。「魚木に上る気色あり、月海上に浮かんでは、兎も浪を奔るか、面白の島の景色や」とは、シュールなイメージを喚起する凄い詞章だ。

この「竹生島」は、京の都から琵琶湖の竹生島にあるひとがいったら、釣り人だと思ったのが龍神で、その連れの女性が弁財天だった、というそれだけの話。能ではもっとどろどろして怨念のこもった凄まじい話もあって、「竹生島」は軽い出し物の部類に入るかもしれない。僕はゆったりとした弁財天の舞が楽しめてよかった。能面、衣装、優雅な動き、音楽と言葉と舞台セットが渾然一体となって、なんか遠い世界に運ばれたようで、しっかり堪能してしまった。
やっぱり能は時々観なくちゃいけないなぁ。
| 舞台をみつめて・・ | 00:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年に観た・聴いたステージ
映画にひきつづいて芝居やコンサートなどの、2005年に鑑賞したステージものリスト。ビデオで鑑賞したものを除いて、生でみたもののみ。

マルタ・アルゲリッチ〜室内楽の夕べ〜
ニジンスキー』(ハンブルグ・バレエ)
白鳥の湖」(マシュー・ボーン)
「アルタン・ライブ」
家まで歩いてく』(珍しいキノコ舞踊団)
「ルンタ」(ジンガロ)
「マルグリットとアルマン」(シルヴィ・ギエム)
ファウスト』(メトロポリタン・オペラ)
マンマ・ミーア!』(ニューヨーク・ブロードウェイ)
熱狂の日・音楽祭2005
『死者の家から』(パリ・オペラ座 ヤナーチェク)
オルフェオとエウリディーチェ』(パリ・オペラ座 ピナ・バウシュ)
バッコスの信女』(コメディー・フランセーズ)
ネフェス」(ピナ・バウシュ&ヴッパタール舞踊)
「アンドリュー・ヨーク・コンサート」
「国立小劇場・九月文楽公演」
リバーダンス 2005
『ケルティック・クリスマス」

さて、私的ベストワン2005は迷うことなく、ハンブルグ・バレエの「ニジンスキー」(ジョン・ノイマイヤー振付)。新年に放映されたウィーンフィルのコンサートをぼけっとみてたら、ハンブルグ・バレエ団がでてきてびっくり。いやぁ、やっぱすごいですよ。2位は「ネフェス」、3位はええと・・・「マンマ・ミーア!」でいいや!
| 舞台をみつめて・・ | 00:01 | comments(0) | trackbacks(29) |
リバーダンス 2005
渋谷のオーチャードホールで「リバーダンス2005」を見た。そして、とても楽しめた。金曜日の夜。1回16列目ぐらいの右より。日本人ダンサーH君は「リール・アラウド・サン」や「サンダーストーム」他4回は舞台に出てきてくれた。やったぁ!

これまで、初めてのリバーダンスに日本公演から来日するたびに見ている。東京国際フォーラムで行われたこれまでの公演より、ずっと小さな舞台。ミュージシャンが舞台下手にいるので、さらに踊るスペースは小さく感じられる。ダンサーが少ないなどの情報は事前にもらっていたので、それでつまらないということはなかった。確かに迫力に欠けるし、もっと舞台から離れた客席から見ていたら物足りなかったかも。なにしろ、初めてのリバーダンスとの出会いは東京国際フォーラムの巨大ホールの最上階の後ろから数列目で見たときで、ソロのステップなんて何やってんだか全然わからなかった。それであれだけ感動したのだから。
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| 舞台をみつめて・・ | 01:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
「白鳥の湖」DVD ベルリン国立バレエ
ベルリン国立バレエ「白鳥の湖」白鳥の湖 ベルリン国立バレエ
振付:パトリス・バール
指揮:ダニエル・バレムボイム
オデット、オディール:シュテフィ・シェルツァー 
ジークフリード王子:オリヴァー・マッツ

オデット役を踊るシュテフィ・シェルツァーの肉体のなんとしなやかで美しいことだろう。鮮明な映像が彼女の息遣いまで伝えてくれる。オリヴァー・マッツの跳躍と繊細な思いやりのこもった仕草。ベルリン国立歌劇場音楽監督のダニエル・バレムオイムが指揮するオーケストラ演奏のきびきびした音遣いなど、バレエ芸術の崇高さを改めて認識させる舞台のDVD化。
振付パトリス・バールはプティパの振付を土台にしながら、独自の新味を加えている。
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| 舞台をみつめて・・ | 22:31 | comments(4) | trackbacks(0) |
また、バウシュ・ネタですが・・・
炎のマズルカ右の写真は ベルリンで撮った写真。地下鉄の車両に見覚えのあるダンスシーンが横長ポスター貼ってあったので、デジカメで撮影。これ、アルモドバル監督の「トーク・トゥ・ハー」を見た人なら、きっと見覚えはるはず。映画の終盤にでてくるピナ・バウシュ振付の「炎のマズルカ」。そののルース・アマランテが男たちに持ち上げられる場面だ。「炎のマズルカ」は2002年に新宿文化ホールでも上演された。僕はそのときから、バウシュを見るようなった。
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| 舞台をみつめて・・ | 17:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
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