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映画「嫌われ松子の一生」〜人生の裏街道を駆け抜けた女
映画「嫌われ松子の一生」(監督・脚本:中島哲也/出演:中谷美紀、瑛太、伊勢谷友介、香川照之、市川実日子、柄本明、他)

東京で一人暮らしをする川尻笙のアパートに突然、田舎の父親が喪服姿でやってくる。伯母の松子が死んだことを告げられ、彼女が生前に住んでいたアパートを片付けてほしいと言われる。しかし、笙はこれまで伯母の存在すら知らなかった。しぶしぶ松子の遺品を整理しているうちに、笙は彼女の奇妙な人生に興味を感じ始める・・・

下妻物語」で注目を浴びた中島哲也監督が、どうだぁ!とかなり気合いを入れて製作らしいことが、これでもかと凝った映像が続く「嫌われ松子の一生」を見て感じられる。この作品、少々長すぎて疲労感を覚えるのだが。

この映画の好きだった点
・これほど多くの登場人物が出てくるにしては、主人公との関係が簡潔明瞭に描かれていると思う。
・夕焼け空を川面に水の流れが美しい。川を眺める松子、ボートの上で唄う松子、・・・松子の人生と流れる川のイメージがオーバーラップする。
・陽気なミュージカル的演出と、主人公が生きる日陰の世界の暗さが、あきれるほど対照的。

この映画の好きでない点
・昭和の時代性が強調されている。長嶋のジャイアンツ引退、だんご三兄弟、光GENJI、・・・僕も昭和世代のはしくれとして、あ、そんなのあったよねぇと思うが、かといって別段ぴんとこない。松子の人生とその時代とのつながりも理解できない。時代設定が21世紀でも、22世紀でも、松子のような女は存在するだろうに。
・なせ“嫌われ松子”なのか。死ぬ前にボロアパートに暮らしていたとき、偏屈なので近所の住民から嫌われていたから・・・ということらしい。でも彼女の後半生はそれほどの映画で重要でないから、”嫌われ”ていたといってもピンとこない。中谷美紀が演じていた松子はむしろ愛らしい、真っ正直な女性なのに。中谷美紀が憎たらしい中年女まで演じていたら、さらに面白かっただろう。
・テレビCMをつくるように映像に凝る手法は、所詮、長編の劇映画が持つリズムとはしっくり合致しない気がする。

やっぱりコマーシャル畑からきた映画監督なんだなぁと、やや期待はずれ。「サッポロ黒ラベル」のCMも作った人らしいが、鑑賞後のビールはあまり旨くなかった。中島監督の意欲作だとはわかるが、ストン!とは腑に落ちない作品だった。

仕事帰りに本屋に立ち寄ったら、「嫌われ松子の一生」の原作小説が目立つところに置かれていた。冒頭を立ち読みすると、発端の松子の死体が見つかる場所が違う。映画では荒川の河川敷だが、小説では彼女のアパートの部屋だった。ということは、ラスト近くの死因の説明も異なるということだろう。脚本も書いた中島監督の意図では、やはり「川」が重要だったようだ。確かに、松子が川を眺めるシーンはこの映画のもっとも印象的なところのひとつだったと思う。

こういうメロドラマっぽいところが好きだった一方で、中谷美紀が演じる場面のいくつかで、かなり気恥ずかしい思いもする。これってディズニー映画?「オズの魔法使い」かなにかのパロディ?いや、まあ僕はミュージカルとか好きなんですけどね。結局、こういう乾いた笑いが今の時代に似合っているのかな・・・世の中の人はどう思っているのかしらん?
| 2006年5月の映画 | 00:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
カルティエ現代美術財団コレクション展
どういう風の吹き回しか、東京都現代美術館で行われているカルティエ現代美術財団コレクション展に行った。(関連サイト MOT 、  Fuji-tv ART NET)

東京都といっても都心から離れた場所に広々とした空間を贅沢に使って展示を行っている。アメリカ人アーティストが小さなビーズをつないでつくった庭とか、巨大な?(はてな)のオブジェとか、本物そっくりのベッドに寝ころぶ女性とか・・・あまり現代アートを見る習慣がない自分でも、おやと思うことが多くて楽しめた。後半疲れてきたのは、展示の途中から映像作品が多くなったせいかも。個人的には、惑星のようにも見える球形の目玉のオブジェ。それと、長〜いテーブルの両端に白い男と黒い男の人形が向かい合って座っていて、わぁ〜わぁ〜言い合っている作品。白い方が「White, white, white....」、黒い方が「Black,black, bkack,...」といっているようだったけど・・・
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| 2006年5月の映画 | 23:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
ミュージカル映画「レント」と「プロデューサーズ」
好きな人もいれば苦手な人もいるだろうけど、ミュージカルって、ひとつの文化というか、中に入ってしまえば、楽しい発見がいろいろある世界ではなかろうか。その独特のノリのせいで、入り口で引き返すひともいるかもしれない。でも、飛び込んでみるだけの価値がある。

*「レント RENT」(監督:クリス・コロンバス)
実際に1999年にブロードウェイでみたことがあったミュージカル。NYイーストヴィレッジのぼろアパートに住む若者たちの生活を題材にしていて、エイズ、芸術への憧れ、夢、恋愛、ホモセクシャルなどがテーマになっていることはわかっていたけど、今回の映画化作品で初めてわかった部分もけっこう多かった(字幕ついてるって楽だな)。
作者のジョナサン・ラーソンは、1996年にこのミュージカルがオフブロードウェイで初演される前夜に突然、病死したという。36歳の誕生日の10日前。音楽での成功を夢みつつ不遇で、“ボヘミアン”な生活を送っていたらしい。まさに「レント」の若者たちと同様に。
90年代のニューヨーク。若者たちが家賃滞納で電気まで停められたボロアパートでクリスマスイヴを過ごす場面から始まり、春、夏、秋と季節がめぐって、ふたたびクリスマスになるまで。麻薬にはまり、貧しさにあえぎ、それでも夢を思い描きつづける若者たちの心が、熱く伝わってくるミュージカルだった。とてもナイーブで直截的な表現に惹かれる。
あの登場人物たちで誰かを演じてみないかと言われたら、やっぱりエンジェルだよね。みんなに愛されながら去っていく彼、いや彼女。クリスマスに女装してドラムスティック持って現れるところが実にかっこよかった。
QuickTime版予告編

*「プロデューサーズ PRODUCERS」(監督・振付:スーザン・ストローマン)
メル・ブルックスのミュージカル「プロデューサーズ」の映画化は、「レント」と違った意味で面白かったけど、ギャグはかなりベタベタ。アメリカ人じゃないとわからん笑いのツボをぐいぐい押してくるので、日本人としてはちょっと困ってしまう場面も多々あった。それと、舞台でやってることをそのまんま映画にしてる!こんなのあり?(「あ〜、いや、そんな場所を指圧されても、あんまり気持ちよくないんですけどぉ〜」)「プロデューサーズ」はブロードウェイ・ミュージカルそのものをおちょくったパロディ・ミュージカルなので、実写といっても舞台の雰囲気をそのままだすほかなかったのかなと思う。
エンディングに美女に囲まれて顔出しまでするメル・ブルックス。やはり奇才なのか。「プロデューサーズ」の製作・脚本・作詞・作曲 までやっているって?金儲けのために史上最低のミュージカルをつくるプロデューサーの話という着眼点もユニークだし、“バックステージもの”というミュージカルの古典的なパターンを上手に使っている。“ミュージカルの神髄を丸ごと味わせてくれる”という宣伝文句ははずれていないかも。ネイサン・レインとマシュー・ブロデリックという濃〜い二人の役者さんとユマ・サーマンの組み合わせも巧みだった。
QuickTime版予告編
舞台版のオフィシャルサイト(flashの出だしが面白かったです)
| 2006年5月の映画 | 23:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画「ダ・ヴィンチ・コード」〜南の島から帰還して、はやくも映画館へ
ニューカレドニアのメットル島にてこのブログへの久しぶりのエントリー。今日は20日。前回の書き込みは1日。仕事関係の慌ただしさと海外出張のせいだとはいえ、あまりにも書き込みを怠けすぎ。反省。

出張でいったのは、ある南太平洋に浮かぶフランス領の島だが、その滞在最後の夜に、ホテルの部屋のテレビをつけると、カンヌ映画祭が紹介されている。ほおと思ってみてると、ロン・ハワード監督の新作「ダ・ヴィンチ・コード」が報道関係者向けに先行上映されたとのこと。映画館から出たひとたちに記者がインタビューすると、口々に「がっかり!」、「つまらない!」と文句を言っているではないか。う〜ん、やっぱり!?それとも、仏人はハリウッド映画を貶すのが生き甲斐?

ダ・ヴィンチ・コード

日本に帰ってくると、銀座のソニービルは「ダ・ヴィンチ・コード」公開にあわせた飾り付け。まあ、配給がソニーピクチャーズだから当然か。やっぱり騒がれてますな〜、今週末の浅草は三社祭だが、全国的には“ダ・ヴィンチ祭り”?と思っていたら、職場の知り合いから連絡が入った。明日封切りの「ダ・ヴィンチ・コード」を事務所の経費で指定席券をとってあるから、見に行くようにと。やったぁ!棚からぼた餅。いやぁ、やっぱ見たいよね。ひとより先に見られたらうれしい。でも、封切り日に行くのはミーハーぽくって・・なんて思っていたら、仕事で見に行けというんだから、ラッキー!!(ちなみに、フランス系の広報の仕事してまして、ちょっとは関係あるんですが・・でも、映画そのものと無縁な仕事です)

さて、封切り日に渋谷で11:45の回で見た感想ですが・・・やっぱり物足りなかった。正直、眠くなりさえなった。たとえば、過去の歴史が説明されるところでは、すぅっと映像がぼやけてカメラがパンすると、セピア色か脱色した映像に変わって、時間を遡る。はい、過去のシーンですよ!といった具合に、なんと工夫のない使い古された映像処理であることか!それに音楽が陳腐!そりゃ、まったく見る価値ないとまではいわないけど、でもね〜。原作のイメージに捕らわれすぎ?でも、原作を読まないで、オプス・デイの殺人者シラスとアリンガローサ司祭の関係とかわかりますかね?ロン・ハワード監督もほとんどの観客が原作を読んでいること、それと比較されることを承知で製作したんだろう。

暗号や象徴の謎解きをするスリルはほとんど皆無のような。原作にあったスピード感も映像にすると、まったりした感じがしてしまう。台詞ばかりにならないように、アングルを絶えず変えて短いショットを繋いでいく手法はいかにもハリウッド的。そのわりに、どのシーンも緊張感があまりなかったような気がする。前半にオドレイ・トトゥとトム・ハンクスがカーチェイスで逃げていくシーンは、アクション映画のレベルとしてはどってことないが、それでもあれがあっただけ映画らしかった。映画っていうのは1場面にごちゃごちゃいろんなもんが入り乱れるから面白い。妙に整理され単純化された「ダ・ヴィンチ・コード」には、どうも満足できなかった。あ、自分でお金払ってみたわけじゃないのに、けなしてばかりですみませんです。

*この小説の冒頭には「すべて事実に基づいている」と書かれている。別にキリスト教や美術史の研究家じゃないので断言できないけど、10個のウンチクの記述があったら、そのうち5個は学会の定説、4個が一部の専門家が提議している大胆な仮説、1個は著者ダン・ブラウンの創作(ウソ)じゃないかと個人的には思っていた。虚実ない交ぜ状態で、謎の殺人事件とスリリングに結びつき、西洋の隠された歴史の水脈につながっていくところが、「ダ・ヴィンチ・コード」の面白さ。どっかの国で上映反対運動があったとか、ないとか、そんなの内容からすれば当たり前で、その程度のことを宣伝材料にするしかない映画のプロモーションもやっぱり貧しいな。このシーンが凄いよ!とかいってほしいものである。
*今調べたら、原作小説について、このサイトで自分は何度も書いていた。
2004.10.24  
2004.10.30
2004.11.01
2004.11.02
2005.04.08
2005.07.27
こんなに取り上げるんだから、どうも僕と縁があったらしい。
| 2006年5月の映画 | 23:59 | comments(2) | trackbacks(1) |
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