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ピンク色がなにかの符号?「ブロークン・フラワーズ」
回転寿司ジム・ジャームッシュの「ブロークン・フラワーズ」を見た後に、友人とガード下の回転寿司をはいって、ええと、なるべく安いのにしようね、生ビールは一杯ぐらいいいかな?それにしても、映画は平凡でしょぼい風景ばかりなのに含蓄の豊かで感動したよ、最後に走り去った青年の後ろ姿を見送るビル・マーレイ、すごいなぁ、あの直後に車にのって顔を出していた太った青年の顔!あの感じ、言葉では言い尽くせないよぉ!!!などなどと話しているうちに、腹減っていたから回転寿司をぱくついていたが、なんとピンクの皿を三枚連続して選んでいたことに気がついた!これってなにかの符号か!?
あ、映画を見ていない人にはわかないでしょうけど、「ブロークン・フラワーズ」ではピンクがとても重要な役割を果たしているわけで、僕の回転寿司の選び方にまで影響を与えたか、と虚をつかれたように驚いた。
この日曜日には、フランソワ・オゾンの「僕を葬る」とジム・ジャームッシュの「ブロークン・フラワーズ」を二本立てでみた。オゾンも悪くなかったけど、個人的にはジム・ジャームッシュの方に軍配を上げたい気分だった。
| 2006年4月の映画 | 00:52 | comments(0) | trackbacks(2) |
ミヒャエル・ハネケ監督映画祭
しまった!ユーロスペースで行われていたミヒャエル・ハネケ監督映画祭の最後の作品「ベニーズ・ビデオ」を見に行かなかった!今日で終わりだった。ちらしに日本最終上映と書いてあったのに。
「ファニーゲーム」など見たい作品があるのに、オーストリア出身のハネケの作品はあまり上映される機会がない。今回の映画祭では、「セブンスコンチネント」と「城」だけでも見られたから、よしとするか。ユーロスペースは行くたびに賑わっていた。

『セブンス コンチネント』(1989年・監督:ミヒャエル・ハネケ)
オーストリア人夫婦と一人娘の日常生活。夫婦はオーストラリアへの移住を計画する(国名が似ているから紛らわしい)。オーストラリアって、6番目の大陸と呼ばれたりもするけど、題名は“セブンス(第七の)”ってことは?どういう意味?夫婦のごく日常的な生活風景をずっと見続けていると、ラストにそれが分かってくる。不気味で、奇妙で、不安にさせる映画。正直言って納得いかない点もあるけど、力が漲る映像が数多くあった。

カフカの「城」(1997年・監督:ミヒャエル・ハネケ)
映画が始まって間もなくは、ものすご〜く眠かった。暴力的な睡魔に襲われて。でも、半ば過ぎてから、面白く感じだした。やはり、これはカフカの世界。オーソン・ウェルズは「審判」を映画化したっけ。最近、ロシア映画で「変身」もあった。ハネケの「城」もまたカフカ的世界。最初はいばった役人たちがでてきて、お役所仕事ってどこの国でも非効率的だなぁ、みたいなノリでみちゃったから、身近過ぎてつまらなかったのかも。理屈が通らない愛欲もからんだ不条理劇としてみると一段と面白い。

さて、今晩自宅で新聞を開いてみたら、明日から公開される「隠された記憶」についての批評が載っていた。最後に謎が明かされるシーンがよく目を凝らさないとわからないと、ケチをつけている。僕はフランス映画祭で見て、僕なりに感想もいちおう書いた(直後の感想数日後の感想)。個人的には、あのように「ラストシーン」ばかり問題にするのはどうかな?と思う。夫婦の不安の原因をラストがすべて説明しているか?どうでしょう?「セブンスコンチネント」にしても、「城」にしても、ラストシーンがすべてを説明してくれて、観客の疑念を晴らしてくれたわけじゃない。むしろ、ハネケ監督は登場人物が抱える不安が観客に伝染していくこと、一緒に不安に陥らせることを狙っている。「衝撃のラスト」なんて、配給会社が用意したキャッチコピーをやたらつかって、そこにばかり注意を働かせることは、観客の自由な発想や解釈の妨げになると思う。
今一度、自説を主張すると・・・あれは「念写」です!ダニエル・オートゥイユと妻と息子、そのほか複数の人々の不安が奇妙にも映像という物質になったんです!だから、謎なんです。そして、謎は想像力を羽ばたかせるエンジンだから、大事にしましょう!
| 2006年4月の映画 | 23:50 | comments(4) | trackbacks(0) |
映画『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』
『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』(監督・主演:トミー・リー・ジョーンズ/脚本:ギジェルモ・アリアガ)
アメリカへ不法入国したメキシコ人移民労働者メルアキデスが死体で発見される。友人ピートは、メルアキデスが国境警察官マイクによって誤って射殺されたことをつきとめる。彼は犯人マイクを拉致して、すでに埋葬されていたメルアキデスの遺体を掘り出させる。そして馬に遺体を乗せて、手錠をはめたマイクとともに、メキシコへと旅立つ。それはピートがメルアキデスと生前に交わした約束を果たすため。その約束とは、メルアキデスが死んだとき彼の故郷ヒメネスに遺体を埋葬することだった。

アメリカ人俳優トミー・リー・ジョーンズが自ら主演し監督した作品。アメリカとメキシコとのあいだの国境地域、荒々しい岩山と砂漠が果てしなく続く原野が舞台になっている。そこをカウボーイ姿のトミー・リー・ジョーンズが馬にのって越えていく・・・腐乱していく友人の死体と殺人犯を連れて。背景には先進国アメリカと発展途上国メキシコの経済的格差が背景にある。そのせいで、この原野にはアメリカへ不法入国しようとするメキシコ人たちがうろうろしている。一方、目が見えずたった一人で原野に暮らしながら死を待つアメリカ老人がいたりもする。原野にはコヨーテや毒蛇も隠れている。つまり、そこは生と死が接しあい、その区別が曖昧になったボーダーレスの世界。そんな砂漠のような原野にたつバー(食堂)で、夕暮れの帷が降りだしたころ、トミー・リー・ジョーンズが酒を飲んでいるシーンが美しかった。

アメリカの田舎町で生活する女たち(ダイナーのウェイトレスやマイクの妻)がドライな性格をもっているところも印象的。この作品の脚本を書いたギジェルモ・アリアガは『21グラム』の脚本家でもあるらしい。恵比寿の映画館の壁に貼られていた新聞・雑誌の批評などでは、主人公が昔気質で友情に篤い男だとあったけど、僕には狂気に憑かれた男にしか見えなかった。犯人マイクが言う通りで、「あんたは正気を失ってイカレてる!」。日々腐乱して死臭を放つ友人メリアキデスの遺体の髪を整えながら話しかける主人公はかなり不気味だ。彼の親友が桃源郷のように理想化して語っていた故郷ヒメネスは結局どこだったのだろう?いわゆるアメリカ映画によるある明瞭さがここにはない。とても奇妙な話だった。そして、すっごく面白かった。雄大で広漠とした風景が広がる映像にとても魅せられた。ただ美しいというだけでなく、人々の幸福への夢と、挫折した人の絶望と、屍となっても地上を彷徨っている人間の魂が、その風景の中にひしめいている気がした。トミー・リー・ジョーンズというひと、これから目を離せない人だ。
| 2006年4月の映画 | 14:44 | comments(0) | trackbacks(1) |
映画「かもめ食堂」
同じダンスクラスに通う知り合いの女性から、物語はどうということないけどねぇ、見終わったあとに、鮭のおにぎりとか卵焼きとか、なんかほっとする料理が無性に食べたくなる、そんな映画なのよ、『かもめ食堂』は!・・・と聞いていた。そして、まさにその通りの映画だった。

小林聡美扮する主人公がフィンランドのヘルシンキで「かもめ食堂」という名の日本料理屋を開く。最初はお客が来なくて暇な毎日。やがて、日本オタクの青年や、一人旅で現地を訪れた日本人女性が、やがて店に出入りするようになり、・・・

小林聡美が本屋に隣接するカフェで初対面の日本人女性(片桐はいり)に「ガッチャマンの歌知ってますか?」といきなり尋ねるシーンは、予告編でも見たときは妙な感じがしたけど、実際に見てみると、実に話の運び方や演技の間がうまくて、思わず吹きだしてしまう。夏のフィンランドの空気と、かもめ食堂の雰囲気と、小林聡美の演技が醸し出す独特の温かみが、実にいいのだ。そして、片桐はいりや、もたいまさこの演技でますます可笑しくなる。笑いながら、つい涙腺が弛んで、僕は時々泣いてしまった。ほんと、どうということのない物語なのに!
実のところ、フィンランドで和食が受けるのかどうか、僕はよくわからない。確かカウリスマキの映画で主人公がお寿司食べる場面はあったけど・・・どうなんだろう。でもまあ、そんなことどうだっていいのかも。そもそも、一度として、主人公・小林聡美が日本から遙か遠いヘルシンキでなぜ和食堂を開いたかが説明されてないんだから。え、なぜ?なんて問うのがあほらしいくらい、「かもめ食堂」はあっけらかんとして、温もりがあって、どこか懐かしい気のする映画だった。これ以上ないくらいシンプルに、人をもてなすこと、料理を味わうこと、心を通わす事の素晴らしさを感じさせてくれる。

脚本・監督は荻上直子。原作小説もあるけど、原案は監督自身によるものらしい。こういう映画がでてくる背景としては、最近ロハスが流行ったり、北欧デザインが注目されたりということもあるのだろう。僕は映画関係の職場にはいないけど、この作品をみて、「うまいところに着眼して映画を作ったなぁ」と感服した。女性の観客が多かったのもうなずける。知り合いに教えてもらって、このいい作品を見られたのだから、僕も身近な人に宣伝して見てもらわなくちゃと思いながら、幸せな気持ちで映画館を出た。オフィシャルHP
(フィンランドって、すっごく冬寒いよね。映画では夏だったけど、冬になったらどうする!?かもめ食堂では、冬は鍋料理でも出すのかなぁ?などと妙な想像をしてしまった)
| 2006年4月の映画 | 23:51 | comments(2) | trackbacks(3) |
映画「 ブロークバック・マウンテン」、などなど
最近見た映画といえば、「県庁の星」、「ヒストリー・オブ・バイオレンス」、「アメリカ、家族のいる風景」、そして「 ブロークバック・マウンテン」。

コミックを映画化した「県庁の星」は、序盤で「これは愉快そう」と期待したのだけど、見終わってみると食い足りなかった。県庁の描き方は最近の官僚の不祥事を伝えるニュースなどを思い起こさせるところがあって興味を惹かれたのだけど、もう一つの舞台である地方のスーパーマーケットはといえば、あまりに日常的な存在すぎて、各エピソードの展開をよっぽど工夫しないと、映画的に面白くするのは難しいのかもしれない。

「ヒストリー・オブ・バイオレンス」は、一般人の心理に潜む“暴力”への畏怖と憧れがともに垣間見られて、興味深かった。そう、些細なことから電車の中で乗客同士が揉め事をおこしたときなんかに、それを傍観しながら想像するんだ-------ここで殴り合いの喧嘩とか、歯止めを失ったすごい暴力が起こって、自分が巻き込まれたらどうするだろう?理不尽な言いがかりとかには、理屈よりも、パンチ一発かますほうが効くんじゃないか、とか。クローネンバーグ監督は、1999年の「クラッシュ」といい、この「ヒストリー・オブ・バイオレンス」といい、日常に潜む人間の暗闇を描くのがうまい。

「アメリカ、家族のいる風景」は、ヴェンダース監督らしい映画。いつもながら音楽がいいとか、アメリカの地方都市の寂れた雰囲気がいいとか、そんなことしか感想としてはいえないんだけど。

と、「ノー・ディレクション・ホーム」以後、最近このHPを更新していないので、あわてていくつかの作品の感想を続けて書いている。でも、印象がそれほど強いわけじゃない。ここでむしろ特筆すべき作品はいえば、やはり「 ブロークバック・マウンテン」だ。“純愛”ともいえる二人の男の強い絆に惚れ惚れとみとれてしまった。抑制された演出、じんわ〜りと感動が伝わってくる。
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| 2006年4月の映画 | 20:30 | comments(0) | trackbacks(2) |
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