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ボブ・ディラン「ノー・ディレクション・ホーム」
ノー・ディレクション・ホーム:ザ・サウンドトラックノー・ディレクション・ホーム NO DIRECTION HOME」 監督;マーティン・スコセッシ 出演:ボブ・ディラン、ジョーン・バエズ、アル・クーパー、ウディ・ガスリー、他

公民権運動が盛り上がったアメリカ60年代を、独特の音楽スタイルと不敵な風貌で怒濤のように通り過ぎたボブ・ディラン。膨大な資料映像とディランと周辺の関係者へのインタビューなどを組み合わせて、彼の人生を丹念に追いかけたマーティン・スコセッシ監督による作品。第一部、第二部とあわせて210分はあっという間にたってしまうほど、このドキュメンタリー映画は面白かった。あえて70年代以降の活動は切り捨てて、スコセッシはディランの生い立ちと60年代の活動のみに焦点を当てている。そこで浮かび上がるのは、当時のアメリカ社会と音楽との間の大きな繋がりだ。

「風に吹かれて」や「ミスター・タンブリン・マン」とか聞いていたけど、僕はボブ・ディランについて詳しかったわけじゃない。頭もじゃもじゃで気難しそうな雰囲気を漂わした独特の風貌が印象的。映画を見ると、彼がミネソタの田舎の町からニューヨークに出てきて、颯爽とデビューし、時代の寵児になっていく過程がよくわかる。ミュージシャンとして、詩人として、20代で人生を達観したような歌を書き連ねていったディラン。
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| 2006年3月の映画 | 22:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
ミヒャエル・ハネケ監督「隠された記憶」〜「衝撃のラストカット」って何なのかな?
あるフランス人夫妻のもとに、ある日ビデオテープが送り届けられる。映されていたのは、彼らの自宅を少し離れた真向かいの地点から撮影した映像。誰かの嫌がらせ?と首を傾げて不安がる夫婦。この“いたずら”はさらにエスカレートして・・・・

隠された記憶のチラシ2006年フランス映画祭で鑑賞。『ピアニスト』のミヒャエル・ハネケ監督が撮ったこの新作は、去年のカンヌ映画祭で話題を呼んだと聞いていたので、楽しみにして見に行った。面白い。冒頭からゾクゾクさせられる。ダニエル・オートゥイユとジュリエット・ビノシュの演技は目が離せないほど緊迫感があった。そして冷徹な透明感のある映像が美しい。以前のフランス映画祭で見た「イン・マイ・スキン」を観たとき同じくらい、強烈な印象を受けた。とはいえ、ハネケ監督は来日しなかったので質疑応答はなかった。

一方、よくわからない映画でもある。「どうなっているの?!」と夫婦が怯えるのを見ながら、僕も客席で緊張して見ていた。誰がビデオを撮影しているのか?この謎は明かされないまま、映画は終わってしまう。では、宣伝ポスターに書かれている「衝撃のラストカット」とは何なのか?やっぱり、エンディングのクレジットが流れているときに映されていた、学校の出入り口の階段シーンのことなんだろう?でも、なんにも見えないよね?そこで、最後にすべてが明らかになると思っている観客は肩すかしを食ってしまう。おそらく、ほとんどの人にとっては、衝撃なんかない・・・・
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| 2006年3月の映画 | 00:17 | comments(7) | trackbacks(10) |
映画「ホテル・ルワンダ」
フツ族とツチ族の間の紛争が激化した1994年のルワンダで、フツ族出身でホテルのマネージャーだったポール・ルセサバギナが千人近いツチ族の人々を匿ったという実話を、イギリス人監督テリー・ジョージが映画にした作品。

この「ホテル・ルワンダ」に限らず、アフリカを舞台にした作品は日本人になじみにくいらしく、あまり公開される機会が少ないのは残念。2005年の横浜フランス映画祭で上映されていた「 Va, vis et deviens / 行け、生きろ、生まれ変われ 」は公開されないらしい。また、山形ドキュメンタリー映画祭で評判を博した「ダーウィンの悪夢」などは一般公開されるという噂だけど、いつになるのだろう?

この「ホテル・ルワンダ」も初めは興行的に採算を合わせることが難しいと思われていたようだ。でも、嬉しいことに東京では上映が続いている。最初にシアターN渋谷で上映され、行ってみたら満員で入れないことがあった。今度、シネカノン有楽町で上映されていて、ようやく僕は見ることができた。また別の映画館でもやるらしいと聞いて、まあよかった。もっと話題になっていい映画じゃないか。個人的にはスピルバーグの「シンドラーのリスト」や「ミュンヘン」より、「ホテル・ルワンダ」を見に行ったほうがずっと感動できると思うけど。

「ホテル・ルワンダ」の主役としてホテル支配人ポールを演じるのは、「クラッシュ」でも警部役を好演してたドン・チードル。後に多くの人の命を救うヒーローは、臆病でお人好しの、“普通の人”として描かれている。虐殺が始まったとき、ツチ族の妻から隣人を助けてあげてと懇願されたポールは、最初「だめだ。家族を守るので精一杯だ」と言っていた。でも、妻の善意に報いようと思ったり、ホテルに逃げ込んでくる人々を匿っているうちに、血で血を洗う民族紛争のさなかで良心を貫く勇気ある人物になっていく。このポールの人物像と周囲の状況を描いた脚本がよくできていると思った。

このドン・チードル以外にも、ホアキン・フェニックスやニック・ノルティなどアメリカ映画で顔なじみの俳優たちが出演している。映画製作の経緯はよく知らないけど、おそらく映画の趣旨に賛同して少ない目の出演料で協力しているのかも。私たちはアフリカのことをよく知らないけど、とりあえずちょっとは知るための一歩として、「ホテル・ルワンダ」を見てみることもいいのでは、と思う。ただし、この作品を見て、ヨーロッパ諸国がかつてアフリカで植民地戦争をした負の遺産が悲惨な現状を生み出したんじゃないか、と考えて、やっぱり日本とは関係ないよね、と思う人もいるかもしれない。そういう人にはぜひドキュメンタリー映画「ダーウィンの悪夢」を見てほしい。アフリカ諸国や先進国全体を含む特定の地域に限定されない南北問題(経済と政治を含む)について考えさせてくれる。でもえーと、あの作品、一体いつになったら公開するんだろう?
| 2006年3月の映画 | 23:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画「スティーヴィー」について
「スティーヴィー”」がが日本で初めて上映されたのは2003年の山形ドキュメンタリー映画祭だという。その年、僕が初めて山形映画祭を体験したけど、実は「スティーヴィー」は見逃していた。2005年の山形映画祭ではコンペティッション部門参加作品をできるだけ見ることにしたけど、2003年のときはそれにこだわっていたなかった。この作品が後で高い評価を受けていることを耳にして、ああ、見たかったなぁと思っていた。2006年3月にポレポレ東中野でついに見られた。

すでに3月9日の記事でくどくど感想を書いたのにまた、その続きを書くことにした。もうちょっと具体的に書けば、まだ見てない人への紹介分になるかも?と期待をこめて。

監督スティーブ・ジェイムズが最初にスティヴィーに出会ったとき、彼は11歳の少年だった(ふたりのファーストネームが似ているから紛らわしい)。虐待を受けたことのある問題児に兄として接するボランティアの仕事が、彼らの出会いのきっかけ。しかし、ジェイムズは充分に「ビック・ブラザー」としての役割を果たせず、どこか後ろめたさを抱えながらスティーヴィー”と離ればなれになる。
そして、10年のときを経て、映画作家になったジェイムズは、再びスティーヴィーに再会する。そして、大人に成長した“スティーヴィー”に寄り添い、彼の多難な人生をカメラで捉えようと試みる。かつて少年スティーヴィーの傍に寄り添ってあげるべきだったのに、そうしなかった・・・その失われた時間を取り戻したいという気持ちがあったのかもしれない。ドキュメンタリー映画「スティーヴィー」は、他人でありながら切り離すことのできない人と人との縁(えにし)を描いたドキュメンタリー映画とみることもできる。

撮影は時々中断しながら、4年以上かけて行われる。一方がドキュメンタリー映画作家としての道を着々と歩むのに、もう一方は母を憎悪し続け、コミュニティー社会に順応できず、そして幼い従妹へ性的いたずらをしたという容疑で被害者の母親から訴えられ逮捕されるという事態にまで発展する。なぜ、どんな過程を経て、一人の少年が悩み苦しみ、ついに性的犯罪者の烙印を押されるにまで至ったか、ジェイムズ監督は本人や肉親たちへのインタビューを繰り返し行い、彼の日常生活を丹念にカメラに収めて、この作品は観客に考えることを促す。その監督の執念、我慢強さ、そして時にかいま見せる心の葛藤は、私たち観客の目を釘付けにし、この世に生まれて生き続けることの壮絶さをしみじみ思い至らせる。暴力と愛、憎しみと友情、自暴自棄になったり救われたいと願ったりという、相反するものがともに存在するのが人生であることを思い知らされた。
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| 2006年3月の映画 | 00:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
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