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映画『エターナル・サンシャイン』/「ロング・エンゲージメント」/『ブリジット・ジョーンズの日記』
梅近所の公園を歩いていたら、梅の花はもう終わりかけて、桜の蕾がすでにふくらみ始めていた。3月は出張旅行が続き、自宅にいない日が数えてみたら18日も。休日にまとめて映画をみても、やはり落ち着いて感想を書ける状態じゃない。というわけで、省略モードの感想文。

*『エターナル・サンシャイン
ケイト・ウィスレットとジム・キャリーが演じる男女のキャラクターがわりと好きだった。この映画、アカデミー脚本賞をとったらしい。しかし、脳内の記憶をいじくっているうちに意識が混乱してくるって展開に、脚本家チャーリー・カウフマンのパターンが見えてしまうというか、才気をひけらかそうと単純なストーリーを妙にいじくって、わかりにくくしているという気が・・・それで、今ひとつピンとこないところがあった。
むしろ、すぐ後ろに座っていたおばちゃん二人組が洩らした「なんか、わけわかんない変な映画だね!」という感想に、僕もつい同調したくなる。ゴンドリー監督のものでは、「ヒューマンネイチュアの」ほうが面白かった気がするな。
舞台になっているのはアメリカ東海岸のボストンあたりなのだろうか?地味だけど、とてもいい雰囲気の場所だ。凍った湖面にふたりで寝転んで星を見るシーンが美しい。ウィスレットの髪が青くなったり、グリーンになったり。派手な染め方もなかなかイケてるなと思った。
それにしても、最近、記憶の操作を主題にした映画が多すぎないか。恋愛の記憶を消去しても、再び巡り会ってしまう恋人の話って、確かにロマンティックには違いない。でも、「エターナル・サンシャイン」のふたり、また愛し合っても、同じ喧嘩を繰り返すかもしれないけどね。

*「ロング・エンゲージメント
「アメリ」の監督ジャン=ピエール・ジュネと女優オドレイ・トトゥによる新作。第一次世界大戦中、戦場に行ったまま行方不明になった恋人マネクを探索する女性マチルドの物語。フランスの田舎、特にブルターニュの風景や、当時のファッションスタイルが魅力的。一途な思いでマネクを探し続けるマチルドの気持ちが伝わってくる。でも、ストーリーの展開はわかりにくく、本筋と関係ないところで妙な映像の凝り方を見せるジュネ監督のタッチは、個人的には好きになれなかった。
フランス北部の平原には第一次大戦の戦死者の墓地が延々と広がっている。10年以上も前、ああした墓地の前に立ったときの記憶が甦ってきた。フランス人にとってはぬぐい去れない記憶のようだ。

梅
*『ブリジット・ジョーンズの日記・きれそうなわたしの12か月
楽しめた。ここまでわざわざ太らなくてもというくらい、ふっくらしたレニー・ゼルウィガーの奮闘演技にとても好感が持てた。前作を支持してくれた観客が再び気持ちよくなるツボをよく研究してせめまくった娯楽作品という感じ。なつかしいヒットソングがBGMに使われているのも、ターゲットにした観客の客層を考慮してのことか?ブリジットの友人たちのファッションスタイルがロンドンっぽい。
| 2005年3月の映画 | 23:36 | comments(0) | trackbacks(1) |
映画『夏の嵐』
1954年製作のイタリア映画、ルキノ・ヴィスコンティ監督作品。DVDにて鑑賞。

僕はいってないけど、さきごろ日本でフェニーチェ歌劇場復活公演というのがあった(いや、あるらしい?)。ベニスにあるフェニーチェ歌劇場はなんと1792年に建設された由緒ある劇場で、5年前に放火にあって再建されたばかり。「劇場装飾の資料がほとんど残っていなかったため、復元には、焼失前の写真やビスコンティの映画「夏の嵐」が参考となった。」と、Asahicomの記事にあった。

フランス・プロシア・オーストリアなどが勢力拡大のために戦争を続けていた19世紀のヨーロッパで、統一前のイタリアは大国の思惑に翻弄され続けていた。オーストリアに併合されていた1866年当時のベニスが、この『夏の嵐』のメインの舞台。ベルディのオペラ上演中、オーストリアからの独立を訴えるビラが天井桟敷席からばら撒かれて騒ぎになる。この『夏の嵐』の冒頭シーンが、当時のイタリアの政治状況を縮図のように表出していて、まさに見事というほかない。
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| 2005年3月の映画 | 17:40 | comments(0) | trackbacks(1) |
映画「ダブリン上等!」〜ビターな人生の味わいはギネスの苦みに似ている!?〜
題名から分かる通り、アイルランド映画。そろいもそろって、ダメ男ばかりが登場。昨年公開のイギリス映画「家族のかたち」(リス・エヴァンス、シャーリー・ヘンダーソン主演)のほのぼの系と較べても、この『ダブリン上等』はムチャクチャにダサイやつらばかりが出る。あの愛らしかったシャーリー・ヘンダーソンまでが、「家族のかたち」の面影はどこへやら、口ひげをうっすら生やして怖い目つきで登場。ある程度誇張されているとはいえ、ここまでダサイ登場人物を揃えるのも、アイルランドならではという気がする。
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| 2005年3月の映画 | 00:51 | comments(1) | trackbacks(0) |
映画『セルラー』
最近、公開終了間近の映画ばかりを追いかけているような。そういうつもりはないんだけど。この『セルラー』もそう。
高校教師ジェシカは突然、自宅に侵入した見知らぬ男たちに拉致される。監禁された部屋には粉々になった電話が一台。電話線を復旧させ、やっと繋がった相手は全く知らない若者ライアンだった。ジェシカと家族に命の危険が刻々と迫る・・・果たして誘拐犯の正体は? そして彼らの真の狙いは?

あらすじは オフィシャルサイトからまるごと引用。手抜きですみません。宣伝コピーの『1秒毎に襲いかかる危機!息もつかせぬ謎の連続!』これは真っ赤な嘘。そんな緊迫した映画じゃない。最初の数分でB級映画だということは一目瞭然。でも、意外にユニークなキャラの登場に思わずクスっと笑ってしまう。愉快な展開に思わず引き込まれて、一発やったれぇ!と主人公を応援したくなる。

誘拐・監禁されたジェシカ(キム・ベイシンガー)が壊れた受話器の配線を繋いで電話を外部に試みる。それをたまたま受信したのが軽薄そうだけど、案外きまじめな青年ライアン(クリス・エバンス)。知らない女性から『誘拐されたの!助けて!」と言われてて、こりゃいたずらかいと思いながら、ついつい話を聞いてあげてしまうところが、なかなか優しいやつだ。一度、電話が切れたら2度と繋がらないというので、回線をつなげたまま、ライアンの奮闘が始まる。
古株の警察官を演じるウィリアム・H・メイシーがすっごくいいキャラ。勤続27年で銃を撃つのは初めてだ、といいながら、クールな活躍を見せる。退職後に“スパ”を経営するつもりなのに、同僚に“美容院”と言われて腹立てるシーンが非常に可笑しい。
日比谷映画に行ったら、2月26日に封切りされて、3週間後の3月11日で終了とあった。なんか惜しい気がする。きっと、ビデオで見てくれる人がいると思いたい。
| 2005年3月の映画 | 00:34 | comments(0) | trackbacks(1) |
映画『ファイティング・テンプテーションズ』
一昨日の「トラベリング・ウィズ・ゲバラ」も、昨晩の『ファイティング・テンプテーションズ』も、もう公開が終わるというのであわててレイトショーに行ってきた。普通のサラリーマンと同じ出勤時間で働いているのに、二晩続けてのレイトショーというのもつらいんだが。ファイティング・テンプテーションズ スペシャル・コレクターズ・エディション

でも、いいよ。この映画をみたら、力がむらむら湧いてくること、うけあいます。パワフルなゴスペル、キュートな歌姫ビヨンセの堂々とした歌いっぷり、そして眉間の皺が北島三郎みたいなキューバ・グッディングJr. のキャラクターがコミカル。 
アメリカ南部の教会に通う信者たちの聖歌隊に、オーディションで探しだしたクセのある若者たちが加わり、さらに刑務所の囚人やらシングルマザーのビヨンセまでが参加して、ゴスペルのコンクールに参加する。牧師があきれるほど、まとまりの欠けた雑多なグループが迫力ある音楽をつくりだすところがミソ。アメリカ南部の黒人たちの会話が生き生きしている。また、笑えるセリフが随所に出てきて、音楽映画にありがちな定番ストーリーに飽きてしまうということがない。

この映画を支えているのは、ゴスペルの美しいバックコーラスだ。おそらく画面に出ていないコーラスグループの歌声を別録音したに違いない。最近、自宅では聴かなかったけど、ゴスペルのCDをまた聴きたくなった。それから、ビートのきいたラップもいけてる。あのコワ面の囚人のゴスペラー、その方面では有名な人なのかな。ここらは普段親しみのない分野だけど、興味がひかれた。

とにかく残業したあとに焼鳥屋にでも行って一杯やりたい、という思いを押さえて、映画館にまで行っただけのことはあった。ああ、よかった。こんないい映画が何でもう終わっちゃうんだろう?
| 2005年3月の映画 | 11:46 | comments(0) | trackbacks(1) |
トラベリング・ウィズ・ゲバラ
このレイトショーもじきに終わってしまうというので、あわてて東京恵比寿のガーデンシネマに見に行ってきた。

モーターサイクル・ダイアリーズ』の撮影風景をビデオカメラに収めたメイキング・フィルム。ゲバラを演じるガエラ・ガルシア・ベルナル、その友人のアルベルトを演じるロドリゴ・デ・ラ・セルナ、そして、監督のウォルター・サレス、他のスタッフたちの仕事ぶりが映し出される。彼らへのインタビューや撮影の合間の談笑風景などには、ラテンアメリカらしく大らかな雰囲気が溢れていた。

この作品のなによりの主役は、南米大陸縦断旅行で活躍したカッコいいオートバイ“ポデローサ号”。そして、すでに老齢ながら、元気で闊達なアルベルト・グラナード氏。かつてゲバラと一緒に旅した友人で、現在キューバに住んでいるグラナード氏が、撮影現場にやってくる。サレス監督や俳優たちと和やかに談笑しながら、こうしたほうがいいのでは、とさりげない助言も与えている。こののグラナード氏の人柄が魅力的だ。

それにしても、映画の撮影風景って面白い。僕もあんな場所に雑用係でもいいから、撮影に立ち会ってみたいなぁと思った。
| 2005年3月の映画 | 14:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
レオポルド・ブルームへの手紙
15年の刑を終えて出所したばかりのスティーブン。まっすぐに前を見つめて歩む彼の足取りが、人生をやり直そうという強い意志を雄弁に物語っている。彼はレストランで働き口を見つけ、一編の小説を執筆し続ける。かねてから知り合いらしい弁護士に電話して、彼は「出版社に送る前にもう一章、書き上げれなければ。そうすれば、物語は完結だ」と告げる。そして、母親に愛されていない少年レオポルドが物語が始まる。その少年は会ったことのない囚人宛に手紙を書き、たまたま、それが刑務所にいたスティーブンにもとに届くことになるのだが...

少年レオポルドの母親の年齢は見た目にはずっと変わらない。彼女の愛人となるペンキ塗りの男の年齢も若いまま。レオポルドが生まれる前から始まる、この母親についてのエピソードで、二人の見た目の年齢が変わらないことは、この映画の物語の構造を知るキーポイントかもしれない。やがて、殺人を犯したことで刑務所に入所した18歳のレオポルドを面会しに来たときも、レオポルドを胎内に宿したときと変わらない若い姿で、母親は涙に泣き濡れている。

この作品は物語の構造を先読みしながら見るように観客を促している。ちょうど空に投げられたブーメランが曲線の軌道を描いて手元に戻ってくるように、きっと戻ってくるに違いないと思って、僕は見ていた。もし、先読みしないで見ている観客がいたら、きっとラストでがっかりしたことだろう。この作品の<最終章>は、別々に見えたスティーブンとレオポルドの二人の物語が交差することで仕上がる。でも、映画に出てきた交差の仕方は“起こりえることのひとつ”であって、別のパターンも可能に違いない。それぞれのパターンに従って物語が書かれれば、スティーブンとレオポルドを巡って幾多のバリエーションの小説が誕生しえる。レオポルドが映画のラストでたくさんの本に囲まれて横たわっていたのは、そのことを暗示しているのだと思う。

母親メアリーと夫、そして愛人との間で起こった出来事は、ほんとうに起こったのか?それとも、妄想なのか?それは結局のところは、わからない。ただ画面から溢れてくるのは、誰かに愛されたい思う切実とした真情。そして、孤独の底で叫び続ける人間の息遣い。映画は全体として、パズルを組み合わせるような知的ゲームっぽいところが気に入らないけど、文学的な深みを目指したところは評価できると思う。
| 2005年3月の映画 | 00:10 | comments(0) | trackbacks(1) |
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