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「ライヴ・フロム・ダブリン~トリビュート・トゥ・デレク・ベル」
Live from Dublin by the Chieftainsチーフタンズが2002年に全米ツアー中に逝去したデレク・ベルを追悼するために開いたライブを収録したCDを、パリ滞在中にFNACで発見して、さっそく購入。チーフタンズを、デレク・ベルを知るものには、なんとも胸に迫る感動的なライブで、まるでその場に居合わせたように臨場感があった。

僕がデレク・ベルが死去したのを知ったのは、2002年10月に青山CAYで行われたスタンリー・スミスのライブで、スミスがステージで演奏の合間に「僕たちにとって、“Angel(天使)”だったミュージシャン、デレク・ベルが亡くなった知らせを昨日、友人からの電話で知らされました」といったときだ。そして、彼は悲しそうに、デレク・ベルのために捧げるといって、静かなブルースの一曲を歌ったと記憶している。

故人を追悼するのに、歌ありダンスありのこんなに賑やかなお祭りコンサートを開くなんて、なんとアイリッシュは素晴らしいことか!まず司会者が「これからデレク・ベルのメモリアル・コンサートを始めます。登場するのは、まだタフな4人のメンバーです」と挨拶すると、やぁ!とパディ・モローニほか、現チーフタンズ・メンバーが颯爽と明るくライブのステージに登場する。もう、そこにいないデレクの笑顔をありありと思い浮かべていたに違いないダブリンの聴衆たちの熱い拍手を浴びながら・・そんな光景が目に浮かぶ、このアルバムは、日本に帰って調べたら、なんだ、もう日本で発売デレク・ベルのメモリアルされいてたじゃないか。情報に疎いんだなぁ、僕は。
| コンサート | 00:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
ヒートアップしてた『熱狂の日』音楽祭2005 
ラ・フォル・ジュルネ
僕は初日に一回、コンサートを聴いただけだが、あれからどうなっただろう?音楽ではなくて、別の意味で熱くなっていたひともいたけど?
4月29日午前9時半に東京国際フォーラムに着いた。この日が、ベートーベンの曲ばかりで3日間、150回以上の演奏会を行う“フォル・ジュルネ/
熱狂の日音楽祭”の初日だった。当日券を求めに行くと、すでに長蛇の列。10時からのピアノ・ソナタのコンサートを目当てにしていたが、9時50分になっても、列は進まない。あわてたスタッフがなにやら叫んで案内しているようだが、何を言っているか不明。列に並ぶ人たちはみな苛立っている。
『おーい。責任者を呼んでこい!」『こっちは朝から並んでいるだぞ。何で列が進まないんだ!」「子供と一緒に楽しみにしてきたのに、どうなっているんですか!」
1500円でクラシック・コンサートを聴けて、3歳以上なら入場可能ということで、多くの音楽ファンや家族連れが押しかけたが、スタッフの対応の手際が悪くて、思ったようにさばききれなかったらしい。怒号が飛び交う、とんだ状況が展開してた。
僕は11時30分からのピアノ協奏曲第4番と、聞いたことのない「コリオラン」序曲を演奏する回のチケットをなんとか買うことができた。でも、こんな状態で果たして3日間、持つのか?雰囲気が知りたかっただけなので、結局、この1回限りで終わり。このあと、映画『Shall we dance?』へ。こちらもこんでいたけど、あの熱狂の日ほどじゃない。
コンサート後に、屋台村でランチを食べている時、楽しそうに演奏会のチラシを広げるおばさまたち2人組と話をした。なんでも、今日のコンサート3回分の前売り券を買ってあったとのこと。事前準備がいいと、落ち着いていられるんだね。
| コンサート | 22:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
マルタ・アルゲリッチ〜室内楽の夕べ〜
日曜日の夜、サントリーホールで行われたマルタ・アルゲリッチのコンサートに行った。1月17日に予定されていたが、演奏者の体調不良のために、一度中止になり、急遽、室内楽の夕べとして行われたもの。e+でラッキーにも席が確保できた。しかも、三千円と格安。

実はステージの後ろ側の席。ピアノは客席側に特に音が響くように設計されているから、音響はどうかと心配。だけど、ピアニストは幸いにも横向きに演奏するので、表情とか、手の動きとかはよく見える。演目は、ハイドン、シューマン、メンデルスゾーンらのピアノ三重奏曲や四重奏曲。

正直言って、この日のアルゲリッチの演奏は精彩を欠いていたので、ちょっとがっかり。弱い音が聞きづらいのは、必ずしも席が悪かったからとも思えない。緊張感なく力抜いて演奏している姿がいいって思う人もいるかもしれないけど、僕はもの足りなかったな。曲と曲の合間に、楽譜めくりの女性にしょっちゅう話しかけるのは、いかにも集中できていないという感じ。体調不良で演奏を断ったけど、主催者から「どうぞ、内輪の集まりで弾くつもりで、気楽にやってくださればいいのですから」って言われて、彼女は無理に風邪をおして演奏していたのかなぁ、などと勝手な想像をしてしまった。特にメリハリの利いているはずのシューマンのピアノ四重奏曲で僕は欲求不満を強く感じた。

それにひきかえ、バイオリンを演奏した堀米ゆず子さんの方の演奏がつややかだで印象に残った。アルゲリッチの評判の神業を目にしたいと思って行ったコンサートだったけど、不発に終わって残念。

関係ありませんが、聴衆のみなさん、曲の合間にゴホゴホ咳しすぎだと思いませんか?インフルエンザ流行ってますけど、のど飴でも舐めて演奏聴きましょう。
| コンサート | 13:00 | comments(2) | trackbacks(2) |
『アルタン特別公演 ケルティック・クリスマス2004』
すみだトリフォニーホールでアルタンのコンサートを聴きに行った。以下は、アルタンの音楽に酩酊した男の文章。

★『アルタン特別公演 ケルティック・クリスマス2004』/出演:ザ・コッターズ、ハウゴー&ホイロップ、アルタン

会場に着くと、舞台から4列目で、しかも中央!いちど買ってしまったチケットをよく確認しないのはいつものこと。このときも、えっ、ここなのという感じ。この驚嘆は、ピナ・バウシュの「バンドネオン」で自分の席が一列目だったときに並ぶ。ああ、ひたすら”好き”であり続ければ、きっといつか、いいことが起こる、ということだろか。まるで自分一人のためにアルタンが演奏してくれるような錯覚で、開演前30分近くあるのに、ドキドキしながら席に座っていた。

アルタンの前に演奏したコッターズとハウゴー&ホイロップもよかった。特にギターを弾いていたデンマーク人のホイロップ。でも、今はアルタンが奏でた音楽ばかりが耳に焼き付いている。アルタンが奏でる音は、まるで自然光がガラスを通過するときにいろんな色彩に分かれるように、僕の耳には捉えきれないくらい多くの音色の集まりのように感じられる。フィドル2、アコーディオン1、ギター1、ブズーキ1という編成は確かに、シンプルすぎるほどシンプルかもしれない。ゲール語で歌うマレードにはシンプルな伴奏、もしくはアカペラ。笑みを絶えず浮かべる優しいマレードと、慎ましやかで表情を変えないアコーディオン弾きのバーンほか、メンバーたちは大仰な身振りを見せない。

僕はいい音楽を聴くと、まぶたに風景が映し出される。刻一刻と色調が変わる大空の雲とか、水の波紋が静かな湖に広がる様子とか、どうも、なんでもかんでも、視覚的に理解しようとする脳味噌らしい。伝統的なアイリッシュ・ミュージックという言い方では括れない、豊かな感性が瑞々しい彼らのサウンドから感じられるのだった。

いま、自宅に帰ってきて一服しながら、感想を書き留める気分は、ちょうど数日前の映画『山猫』を見たあとの気分に似ている。なにから書き始めていいやらわからずに、溜息をついているだけ。きっと、ジョアン・ジルベルトのコーサートの後と同様に、ぽかぽかとしたものが胸の中で数日間、体と心を温めてくれるだろうと思う。
| コンサート | 00:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
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