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映画「ツイン・タウン」
ツイン・タウン
ウェールズを舞台にしたイギリス映画「ツイン・タウン」主役の兄弟を演じているリス・エバンスとリル・エバンス。名前から分かるとおり、本当の兄弟。リスは最近、数多くのイギリス・アメリカ映画に登場するけど、もう一方のリルはどうしているんだろう?
この映画のツイン・タウンのサントラは好きで、時々聴いている。映画でもそうだったけど、このCDの冒頭で、ウェールズ人が自慢にしている事柄が劇中人物たちによって早口言葉のように次々と発せられている。中でも、「スランバイアプーシュグインゲヒィルゴウゲリフォインドロープースランディシリオゴウゴウゴウホ」という呪文のような言葉が奇妙。ウェールズに古くから伝わる黒魔術のまじないかなんかと思ったら、これは ≪世界一長い駅名≫ なんだそうだ。面白いなと思ってスクラップしていた読売新聞の日曜版5月15日)の『駅』というシリーズ記事にウェールズ地方のスランバイアという村について書いてあったことをCDを聴きながら思い出した。これは、ロンドンから北西へ350キロ。アングルシー島の南にある3000人の村。今でも英語でなくウェールズ語で村人は会話するらしい。村のおじいさんは言う。
元々は単にスランバイア村だったんです。でもあまりにフツー過ぎると、ここらでは有名な詩人が大まじめに言葉を継ぎ足したんですね」

まるで、落語のじゅげむみたいな話が想像される。たとえば、「明日の待ち合わせの件だけどね、スランバイアプーシュグインゲヒィルゴウゲリフォインドロープースランディシリオゴウゴウゴウホ駅で10時だよ、よろしく!」などとメールをやりとりしたりしているのか?ちなみに、この村人が自慢する ≪世界最長の駅名≫、ギネスブックでは公認されていないのだとか。
| 2005年1月の映画 | 10:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
『Shall we ダンス?』アメリカを行く」/「アメリカ人が作った「Shall we dance?」」
『Shall we ダンス?』アメリカを行く『Shall we ダンス?』アメリカを行くという本のことは、発売直後から知っていた。本屋で立ち読みはしても、買って読みたいとは思わなかった。ちょっとくどい。雑誌に連載したものをまとめたからだろうけど。詳細すぎる旅行記の文章と似てるかな。
だから敬遠していた。でも、ハリウッド版「シャル・ウィ・ダンス」が公開されたので、やっぱり興味が湧いてきて、読んでみた。
周防正行監督の「Shall we ダンス?』(もちろん日本版)がミラマックスの社員の目にとまり、アメリカ公開が決まる。監督から全米各都市を回り、試写会と質疑応答、記者とインタビューを次々とこなしていく。各都市での上映会の反応、観客からの質問や意見、各記者のこと、そして、旅行中に食べたものまで、事細かに書き記してある。この世界の裏側、プロモーションの方法などを知る上で貴重な資料かも。作品に対する日本とアメリカでの反応の違いから、両国の文化の違いが浮き上がるなど、比較文化論の資料になりそう。ただ、周防監督自身は意識してないかもしれないが、現地スタッフ対応へのグチがサラリーマンのぼやきみたいなところあったけど。

アメリカ人が作った「Shall we dance?」この『アメリカ人が作った「Shall we dance?」』で、印象に残ったエピソードに、ニューヨークのパリス・シアターで行われたワールド・プレミアでの草刈民代と周防正行との間のやりとりがある。上映後、涙をこぼす草刈に周防が、『泣くかよ、これで』というと、草刈が「違うの。まさちゃん、凄いって』。つまり、あんまりリメイク版がオリジナルにそっくりなので、夫(周防正行)を見直したということらしい。
たしかに、僕の友人も、「なんで、舞台がアメリカなのに、列車の窓からダンス教室の窓を見上げる設定なのかね〜。渋滞の車の窓からでいいじゃん」といっていたっけ。確かにハリウッド版は日本版に似すぎている。
見せ場のギアとロペスが熱く踊るシーンの撮影風景とか、シカゴのようでカナダで撮影した街並みなどの説明が面白い。なるほど、アメリカ映画って、こんな風に撮影されるのか!と勉強になることが少なからずあった。
| 2005年1月の映画 | 11:19 | comments(0) | trackbacks(1) |
イムジン河を渡る水鳥たち〜パッチギ!〜
『パッチギ!』を見た感想をアップしたら、数時間のうちにコメントやトラックバックを寄せてもらえた。この作品の評価は人によって違うことは容易に想像できる。Kawakitaさんのサイトでは、はっきり『パッチギ!』擁護論が展開されていて、とても参考になった。

ちょっと時間をおいてから、この映画を再度見てみようと思っているけど、数日経った今思うのは、やはり観客をぐいぐい引っ張っていくパワフルさが印象的だったということ。前に書いた感想ではご都合主義っていったけど、別に悪い意味じゃない。月刊PLAYBOY3月号に掲載されているシネカノンの李鳳宇氏のインタビュー記事によれば、このストーリーは1968年あたりの1年間を想定しているとのこと。映画ではあまり時間の流れは感じられず、僕には2,3ヶ月ぐらいで一気に進行したように思えた。それで、桃子の妊娠速度がちょっと不思議だったのだ。次に見るときは、そこらへんもチェックしてみようっと。
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| 2005年1月の映画 | 23:47 | comments(2) | trackbacks(7) |
それゆけ、映画 『パッチギ!』
「近年、稀に見る日本映画の傑作!」なんていうと、ちょっと大げさだけど、僕はこの『パッチギ!』がとても気に入った。荒唐無稽で、はちゃめちゃな若者たちやチンピラの乱闘シーンの連続。そして、ちょっとセンチメンタルな歌詞のフォークソングとギターの響きが、鴨川(いや、あれは保津川?)を流れる水の音にオーバーラップする。このパワーに溢れている映画を見ていると、なんとも上機嫌になれる。つい、イムジン河の歌を口ずさみながら、ニンマリと銀座をぶらぶら歩いたりして。
イムジン河水清く とうとうと流る 水鳥自由に 群がり飛び交うよ 我が祖国 南の地 想いははるか イムジン河水清く とうとうと流る
寺の跡継ぎ息子で府立高校に通う松山康介(塩谷瞬)が、友人の紀男(小出恵介)と、朝鮮高校にサッカーの親善試合を申し込みに行くと、「イムジン河」を演奏するキャンジャ(江尻エリカ)を見かけ、恋に落ちる。この一目惚れ以後、キャンジャに気に入られたい一心で、ギターを練習したり、朝鮮語を覚えたりと、康介の涙ぐましい努力が続く。円山公園でキャンジャの兄、アンソン(高岡蒼佑)の北朝鮮への出発を祝う宴会に参加し、南北統一を願う「イムジン河」を歌って喜ばれたことがきっかけで、在日朝鮮人の人々に一旦は受け入れられるが、・・・
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| 2005年1月の映画 | 21:02 | comments(1) | trackbacks(10) |
映画「ネバーランド」
僕はこの映画、全然評価できない。ジョニー・デップやケイト・ウィンスレットは好きだけどね。物語がよくできていても、演技が真に迫っていても、たとえ実話に基づいていても、やっぱりダメ。映像自体が雄弁に物語を語る瞬間がなかったので、僕はずっと白けてみていた。

ネバーランドって何。それは、すべて主役のジョニー・デップが言葉で語っている。それに日々の子供たちとの遊びこそがネバーランドじゃなかったのかな。だから、わざわざ病床のケイト・ウィンスレットをベッドから無理にひきずりだしてみせる必要なんかなかった。彼女はむっちりと顔色がよくて、ちっとも病気に見えなかったけど、まあたとえ彼女が哀れに見えたとしても、あんな夢世界になぐさめれるわけがない。

登場人物たちの中でいちばん共感できたのは、ジョニー・デップの奥さんとケイト・ウィンスレットの母親。多くを語らない彼女たちの表情や立ち居振る舞いのほうが、ずっと“映画”らしい表現力を持っていると思う。これを除くと「ネバーランド」は、映像がすべて物語に従属していてしまっているようだ。目で見ているものが、言葉で語っているものの、単なる付け足しにしかなっていない。衣装とか、劇場の雰囲気とか、子供たちの笑顔とか、いろいろいいところもあるんだけどね。的をはずすにのも、ここまでいっちゃうと、う〜ん、ちょっと言葉がない。

こう書いているうちに、「ネバーランド」は、「シルヴィア」と似通っていることに思い当たった。どちらも実在の文学者を主人公にしていて、イギリスが舞台。そして、文芸の香りが豊か。悲しいかな。そんな上品な作品に限って、僕の好みに合わないんだなぁ。作品HP
| 2005年1月の映画 | 17:45 | comments(0) | trackbacks(1) |
映画『レイクサイド・マーダーケース』
オチのつけかたはなるほどと思った。でも、それだけ。中学受験を直前にした子供3人と、それぞれの両親が、高原の湖畔のログハウスにこもって、私立中学入学試験に合格するための合宿を行う。その合宿に参加した人々の群像劇。題名の通り、あう殺人事件が起こるが、彼らの受験勉強は途絶えることなく続く。

いつも無表情の塾講師を演じる豊川悦司は面白いと思った。柄本明、薬師丸ひろ子、杉田かおるなど、どこかみんな冷たさがある。

一方、若い女性カメラマンと不倫している広告会社の社長を役所広司が演じる。彼が登場人物の中でもっとも人間的だと、青山監督は観客に思わせたいのか。子供の受験しか眼中にない他の親たちに対して、受験なんかより大事なものがあるんでは?といいだすところに、僕はちょっと馬鹿馬鹿しさを感じた。安っぽすぎる。かなり退屈な作品。
| 2005年1月の映画 | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画『陽のあたる場所から』
アイスランド生まれのソルヴェイグ・アンスパック監督による映画。

狭い土地、緊密すぎる人間関係、単調な作業を繰り返す仕事。こういう環境の中で、何の不安もなく生き続けるひともいれば、ごく少数だが精神的バランスを崩してしまう狂気に陥ってしまう人もいる。アイスランド人女性ロアの場合、理由はわからないが、かなり精神を病んでいるらしい。
彼女のいらだちや苦しみは、言葉では説明されないので、想像するしかない。彼女の問題を、ひとりの女性だけに限定された問題と受け止めばいいのか、迷うところ。フランス人の精神科研修医カーラ(エロディ・ブシェーズ)が、アイスランドの離れ小島まで追っかけていってしまうのは、やはりカーラ自身が医師と患者の関係を越えてロアを必要としていたからと考えるのが妥当だろう。カーラについては、彼女が仕事に満足しているのか?職場の同僚たちとは仲がいいのか?優しそうな彼氏がいるけど、その彼との関係は順調なののか?そういうことは映画にまったくでてこない。

アイスランドの、さらに離れた火山島で溶岩に押しつぶされそうになりながら、ぎりぎりのところで生活している人々と、フランスの都会で生活する精神科研修医。両者を比較するには、あまりに隔絶しすぎている。冒頭で窓から都会の景色を眺めるロアの顔のアップに、故郷の海で荒れくるう波の音がオーバーラップするシーンから、実を言うとあまり好きでなかった。

日本語題名の「陽のあたる場所から」は、カーラがロアに別れの挨拶にきた場面で、日だまりの中でふたりが並んで座っている場面からきているのだろう。ロアがカーラの手をとって胸にあてながら、「つらいけど、ワタシはここで生き続けていくわねぇ。夫から必要とされているんだもの。まあ、あんたも若いんだから、がんばりなさいよぉ」と言っているように思える瞬間。ここだけ、ちょっとわかりやすかった。公式サイト
| 2005年1月の映画 | 22:24 | comments(0) | trackbacks(2) |
ゴダール新作『Notre Musique』&ジャン=ミッシェル・フロドンと蓮實重彦の対談 〜カイエ・デュ・シネマ週間(東京日仏学院)〜
ああ、昨晩は39度の熱があった。風邪ひいてしまった。胃腸に問題がないから、最近老人ホームなどで流行っているウィルスではないらしいけど。仕事を休んで家にいる。寝ながら本を読むのもかったるい・・・
これもくそ寒い週末に、東京日仏学院の『カイエ・デュ・シネマ週間」に通ってたからだ。特に、日曜日の朝9時に、ゴダールの新作「Notre Musique』&ジャン=ミッシェル・フロドンと蓮實重彦の対談 」のチケットを買いに行ったときがつらかった。昨晩からの雨はやまず、地面は冷え切っていた。ふだん愛用しているダウンジャケットが煙草くさくなったので、クリーニングに出していたから、薄い革ジャンにしてたのも、いけなかった・・・

この上映会について話すと長くなるので、こっちより地味なつくりの別サイトの方にアップしました。ジャン=リュック・ゴダールの新作"NOTRE MUSIQUE"は、。『フォーエバー・モーツァルト』で若者二人が目指しながら到達できなかったサラエボが舞台となっている。ダンテの神曲にならったらしい地獄編、煉獄編、天国編の3部構成でつくられているがメインとなるのは煉獄編。煉獄はよく聞く言葉だけど、改めて何か?と思って、電子辞書で即座に調べた友人が見せてくれた。「カトリック教で、死者が天国に入る前に、その霊が火によって罪を浄化されると信じられている場所。天国と地獄の間。」(SEIKO電子辞書広辞苑より)

上映後の対談で、「レゼルヴェ(予約済み)」と書かれた席にいた黒沢清氏、青山真治氏、阿部和重氏、中原昌也氏など、日本の映画関係者、作家、批評家たちが臨席していた。それぞれにゴダールの新作について感想を求めるとき、マイクを渡す人の指名を蓮實氏から頼まれたフロドン氏が、「ここにいるのは蓮實先生の教え子ばかりなのに、よりによって私にその指名を頼むとは、蓮實さんも意地悪ですね」みたいなことを言っていたのが印象的だった。
ゴダール新作『Notre Musique』&ジャン=ミッシェル・フロドンと蓮實重彦の対談

ところで、僕もフランス語を習い始めて間もない頃から目にしている"CAHIERS DU CINEMA" 誌だが、インターネット・サイトもある。(Cahier du Cinema)ただし、今のところ表紙と目次がPDF形式で載っているだけ。ちょっと、寂しいね。この雑誌はぴらぴらとめくる分にはそそられるけど、辞書片手に読み出すと、難解な文章ばかりで途中で投げ出していたっけ。10年以上前にフランスに銀行口座を持つ友人に頼んで小切手を切ってもらい、一年間の定期購読を申し込んだことなんかを思い出した。
編集長のフロドン氏とはどんな人かと思って、検索したら、小津生誕100年記念イベント(2003年12月11日)に来日していたり、2002年フィルメックス審査員としてプロフィールが紹介されていた。
| 2005年1月の映画 | 18:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
『ベルヴィル・ランデブー』&『岸辺のふたり』
新宿のテアトルタイムズスクエアで、『ベルヴィル・ランデブー』と『岸辺のふたり』を見た後で、"Dubliner's"でギネス・ビールを飲んだ。どちらのアニメとも、黒ビールのように渋い味わいがあったなぁ。

僕は映画は大ファンだけど、アニメの大ファンというわけでないので、批評めいたことはいえない。途中、眠くなったけど、率直に面白かった。裏通りの小さな映画館で見たら、もっと感動して、うわぁすごいの見たよ!見たことないようなアニメだよ!と周囲に騒ぎまくったかもしれない。ちょっとさめた態度で見てしまうのは、高い前評判を聞きすぎていたからでもある。

『ベルヴィル・ランデブー』は80分の長編、『岸辺のふたり』は8分の短編。どちらも、流れる音楽や挿入されている音が凝っている。特に『ベルヴィル〜』はジャンゴ・ラインハルトを思わせるギタリストや、グレン・グールドそっくりのピアニストを登場させ、徹底した音楽へのこだわり。シルヴァン・ショメは、アニメを通して過去の名演奏家へオマージュを捧げているらしい。この音楽へのこだわりは尋常ではない。
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| 2005年1月の映画 | 17:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画『ターミナル』
『ターミナル』は、主役ヴィクトールの英語を習得していく過程が痛快だった。自分自身の英語学習歴を思い出していた。キャサリン・ゼタ=ジョンズと仲良くなれるんだったら、僕だって空港に何ヶ月も過ごして英語を覚えたいもの。 駅前留学ならぬ、空港留学で。

舞台はニューヨークの空港(広大な空間はオールセット)。架空の国から着たヴィクトールが、故国でのクーデターという突発事態によって、ニューヨークの空港に留め置かれ、何ヶ月も無国籍者として過ごすという設定。ヴィクトールの旅の目的は終盤近くで明かされている。朴訥とした口調で話すトム・ハンクスが、ほとんど英語を理解しない外国人を演じ、持ち味を生かしていた。

電話で愛人と口論し悲嘆に暮れるスッチーのキャサリン・ゼタ=ジョーンズにヴィクトールがハンケチを差し出す。理想の男性を追い求めて、結局不幸な出会いを繰りすのよ、てなことをいって、彼女が嘆いているとき、ヴィクトールは東欧風のなまりで慰める。
「私って、病気だと思うでしょ?」/「いや、君は病気じゃない・・。ただ、“遠視”なだけ」
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| 2005年1月の映画 | 17:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
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