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「ハウルの動く城」
ユリイカ』12月号に、この作品の原作とアニメ版の違いについての文章があって興味深かった。僕は宮崎駿を敬遠していた。出張旅行にでかけて帰国した翌日、なにか映画を見たいものだと思ったとき、見たのが『ハウルの動く城』。平日だから楽に入れたらしい。感想を書く気にならなかったが、『ユリイカ」を立ち読みしてから、せめてちょっとはメモっておこうと思った。

自分は取り柄のない人間だと思っていたソフィーが美男の魔法使いハウルと出会うことで運命が変わる。彼女は荒地の魔女の魔法で老女にさせられると、周囲の人々を驚かせまいと、そっと家を出ていく。風が吹きすさぶ山道をひとりごとをいいながら登っていくソフィー。一日かそこらで、話し方も歩き方も板に付いた、堂々と貫禄ある老女になってしまうところが面白かった。

普通なら少女が醜い老女に変身させられた不運を嘆くところだが、もともとソフィーは美醜の境を超越した存在であるらしい。やがて元の姿に戻るが、一体いつ魔法が解けたのか、よくわからない。腰が曲がっていようが、伸びていようが、声がしわがれていようがいまいが、どうも関係ない人格のようだった。

ハウルの城の造形、木組みの家、魔法使いサリマンとハウルの大空に浮かび上がるところとか、高い技術に裏付けられた素晴らしいシーンが数多くある。印象派の絵を思わせる明るい色調、澄んだ空気の質感、風がそよそよと吹く感じ。ああいうのは、ほかのアニメーションには見られない。

でも、でも、だ。やっぱり、僕は宮崎駿の長編アニメを見ていると、落ち着かないような、座り心地の悪い、不安な気持ちにさせられる。「もののけ姫」でも、落ち着かなかった。
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| 2004年11月の映画 | 00:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
『華氏911』
『華氏911』をシアトルで見たときは言葉の半分ほどしか理解できなかった。字幕がないから当然だ。その後、日本で字幕付きで見なおしたが、言葉がわからないときのほうが楽しんでいたと思う。“アメリカ合衆国大統領”という厳かなイコン画に悪戯書きを加える快感を味わったかのような気分だった。この作品について、多く論じられているので、いまさら何を語る?という感は否めないが、まあ忘れやすい感想をメモっておくのも、後の参考になるかも。

1)NY世界貿易センターにハイジャックされた旅客機が衝突した瞬間、ブッシュ大統領は小学校を参観していた。阿鼻叫喚の騒ぎの中で呆然と立ち尽くす一般市民と、幼児の歌を聴いて首をふんふん動かしながら視線を宙にさまよわせている大統領の姿が映画で対比される。ロジャー・ムーア監督はわざわざ時刻をカウントする字幕までつけて、同時に進行したふたつの出来事のちぐはぐさを強調している。
少なからずの人が“ブッシュを茶化してる”と受け取った。予期せぬ事態にすぐに対処しなかったことは確かだが、それだけなら、どこの国家元首でもある失態だ。反ブッシュ派が「それ見たことか!」と拍手喝采するために、この映像を利用したにすぎない、ともいえる。現職大統領の威信を突き崩そうという意図が、この映画の編集には見えすぎてることは確か。だが、それでも僕は、『華氏911』に惹き付けられた。ナレーションが示唆することの、もっと先のほうまで、こちらの連想は運ばれていく。一見して目立つムーア監督の押し付けがましさとは別に、『華氏911』はまた自由な映画だと思う。

たとえば、この小学校にいるブッシュの映像も、人間の歴史のある意味で語っているようにも感じた。背中合わせにある人間の残酷さと無邪気さ。または、もったいぶった言い方になるけど、歴史は児戯によって創られる、と。う〜ん、そう書きながらも、うまく説明できないな。学校唱歌を唄っている学校の平和な風景の映像と、多くの命が失われたグランド・ゼロの悲惨な光景を映す映像と、両極端な風景を映すふたつの鏡の間にいて、呆然としているアメリカ合衆国大統領・・・何かの暗喩なのだろうか?
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| 2004年11月の映画 | 22:14 | comments(0) | trackbacks(1) |
映画「スウィングガールズ」
山形県の高校が舞台。夏の日射しがまぶしい高校野球から、白い雪が降り積もる冬のさなかに市民ホールで女子高生がジャズ・セッションズまでをみせる。上田樹里の溌剌とした演技がまぶしい、天真爛漫とした映画。作品HP
オーソドックスな筋立て。監督・脚本の矢口史靖の意図がスタッフ、キャスト、宣伝担当者まで周知徹底されているのか、宣伝ポスターを含めて映画全体に天真爛漫さ行き渡っている。その点に感服してしまった。普通だったら細かいところで疑問が生じそうだが、作り手の大らかさに共感して、まあ映画なんだからいいじゃん!という気持ちになれる。
舌ったらずな山形弁がまた可愛い上田樹里と、弱腰ながら女の子たちをリードする平岡祐太君との間の、ちぐはぐな会話が面白かった。
| 2004年11月の映画 | 09:00 | comments(0) | trackbacks(1) |
映画「春夏秋冬そして春」
「魚と寝る女」や「悪い男」を監督した韓国のキム・ギドク監督は、ヨーロッパで評価が高まっているらしい、という噂。あんなのダイッキライだよ、と言っていたのだが、この「春夏秋冬そして春」は、あの観光宣伝のようなポスターで見る限り、あっさりした感じ。作風が変わったのかなと思い、見る気になった。

山の中の小さな湖に浮かぶ奇妙な仏廟。老いた坊さんと小さな子供が暮らしている。外界との接触は小さなボートを使って岸にわたるときだけ。岸の近くに扉が開いたり閉じたりする門があって、運慶の彫刻みたいな仁王の絵が描いてある。う〜ん、やっぱ変!
ストーリーを説明するのが馬鹿らしい。ただ、はぁはぁ、そうですかい。さぞかし、高尚な世界なんでしょうよ!僕のような凡人にはわかりませんけどね!!と心の中でギドク監督に毒づいた。

これまでの作品がキライだったからって、この作品も偏見で見たわけじゃないつもり。どぎつさは影を潜めているが、思わせぶりはこれまで通り。それに音楽もすかないね。顔を隠した母親が誰だったのか?そんなことを考えるのがばかばかしい。あの水上バンガローならぬ水上お寺にはトイレや台所があったのか?殺生をせずに薬草だけで生きていけるのかな?祈祷するより、日々の薪集めやご飯炊きのほうが修行増にとって、大事な労働なんじゃないかな?そういう低俗なことを僕みたいに考えてしまう人には、オススメできませんね。
| 2004年11月の映画 | 00:21 | comments(0) | trackbacks(1) |
映画「変身」・・一種のコンテポラリー・ダンス?
カフカ原作の「変身」のロシア人監督による映画化。この作品について語る人は、おそらく原作を読んでいる人。というより、原作を読んでいる人しか見ないだろう。グレーゴル・ザムザがある朝、目が覚めると虫になっていたという内容をどう映像で表現するのか?とても、映像で表現できるとは思えないが、それをあえて映画化した、これが見どころ。
とはいえ、この映画、眠かった。うつろうつろしながら、見ていると、プラハの街の雰囲気とカフカ小説独特の無条理な世界がかすかながら匂ってくる気がした。映画として見たら、物語はどってことない。また、オリジナルに加えた主人公の夢のシーンは感心するほどのものはなかったと思う。むしろ、主役男性によるダンスのようなパーフォマンスに見るべきものがある。ああ、あんな格好でいて疲れないのかな?これが舞台で演じる芝居で、ずっと2時間ぐらいあんな格好してたら、さぞ背中が痛くなるだろうなぁ・・ある意味、主役男優の鬼気迫る演技に唖然とした。カフカ文学を身体で表現しようという大胆な試み。それはそれで面白い。でも、見てて眠かったことに変わりはないですが・・・これは前衛的なダンスを見ている気分に近いかも。
昆虫の意識と人間の意識にはどんな共通点があるんだろう?家政婦にいたぶれれても表情を変えない主人公の硬直した顔面を見ながら、ふと虫になった気で想像してみた。
| 2004年11月の映画 | 23:50 | comments(2) | trackbacks(1) |
映画「エイプリルの七面鳥」、「ラ・ピエトラ 愛を踊る女」
癌に関連するふたつの映画を見た。比較してみるのも面白い。ひとつは「エイプリルの七面鳥」。もうひとつは「ラ・ピエトラ 愛を踊る女」。

まず始めに「エイプリルの七面鳥」について
エイプリルとは4月のことかと思ったら、ヒロインの名前。彼女は黒人男性と同棲生活するキュートな白人女性で、ある日アパートに母親ら実家の家族を迎えて、料理をふるまうことにする。碌に料理をしたことのない彼女の、類いまれな一日の奮闘ぶりが描かれている。
彼女のボロアパートのオーブンが壊れているのが発覚。隣人に貸してほしいと頼みにいくが、断られてばかり。すったもんだのあげく、親切にしてくれたのは、黒人夫婦や中国人たち。白人の隣人たちはみんな意地悪なところに注目したい。ボーイフレンドの黒人の気の良さといい、この映画は人種の垣根を越えた人々の連帯を感じさせてくれる。
一方、久しぶりにエイプリルに会いにいく家族のことについては、映画の半ばからようやくわかるようになっている。辛辣な母親、無口な父親、おしゃべりな次女と痴呆症の祖母が一台の乗用車に乗ってみせる珍道中。長女エイプリルと母親との間にある心の距離や、母親が末期癌に冒されていることがだんだんと明らかになってくる。
強がっていた母親がアパートの前で腰がひけて気が変わりファミレスで食事しようといいだしたとき、やはり素直に娘の好意を受け入れようと彼女に決意させるきっかけとなる場面がある。たった数秒のさりげないシーンがすばらしかった。
一言でいえば、これは家族の絆を回復させる物語。興味深いのは、監督・脚本のピーター・ヘッジズが白人特有の個人主義を批判的に描いているように感じられる点。寒々とした風景を捉える荒い映像が続くこの映画は、やがて人と人との心の壁を乗り越えて、ほんわかとして温かな地点に辿り着く。それが、エイプリルが移民系の人々の手を借りながら仕上げた手作りの料理が並んだテーブルなのだった。
(映画の中でそうといわれてないけど、これは感謝祭サンクスギビングディなのだろう。由来を知れば、監督の意図がさらにわかると思う)
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| 2004年11月の映画 | 09:32 | comments(0) | trackbacks(1) |
映画「恋の門」
石で漫画を描く(何、それ?)という、自称「漫画芸術家」を松田龍平が演じ、コスプレ好きで(豊かなバストにどうしても目がいく!)、ラブコメも描くヒロインを酒井若菜が演じる、かなりポップな映画。
冒頭の二人の偶然の出会いの場面からして、かなりコミック風。バイト先の会社の社長や社員の話し方も大げさだなぁと最初は思ったが、なかなかツボをついている。惹かれ合った二人が飲みかわす間に意気投合し....というところも、筋の運び方がうまいなぁと思った。

ポップといえば『下妻物語』も好きだった。この『恋の門』にはそれほど感動したわけではない。奇妙な格好で登場する忌野清志郎や大竹しのぶ、とぼけた演技の塚本晋也や小島聖など、キャスティングも面白い。でも、俳優陣の演技にどこか胡散臭いところもあって、その世界にどっぷり浸かるところまではいかなかった。松田龍平と酒井若菜が見せたキャラはよかったと思う。松尾スズキ自身が演じるマスター、これも怪しさを体臭のように発している。
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| 2004年11月の映画 | 01:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
ワイズマンによる『視覚障害」、「聴覚障害」、『適応と仕事」、「多重障害」
あなたに招待状が届いたとしよう。送り主は、アメリカにあるアラバマ聾盲学校。アラバマというのは合衆国の東南部にある州の名前、といった程度の予備知識で、とりあえず、この機会を利用しに行ってみたとしよう。後から聞いたら、アラバマはヘレン・ケラーの故郷だという。こんな機会はめったにない。
まず、見学スケジュールが決められた。第一に、視覚障害児の教育風景、次に聴覚障害児のクラス、そして、成人の障害者が自立するための訓練コース、そして、多重障害者の施設を見学するという。もちろんプログラムに従って、視察旅行を進行してもらうことにした。
この視察旅行に相当するのが、フレデリック・ワイズマン監督によるドキュメンタリー映画4部作(1986年製作)だ。
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| 2004年11月の映画 | 18:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
最近見た映画
今月になって見た映画のリスト。

コラテラル 監督:マイケル・マン 主演:トム・クルーズ 評価:★

殺伐とした町、ロサンジェルスを舞台にトム・クルーズが冷酷な殺し屋を演じるハードボイルドな映画だったようだが、まったくピンとこなかった。タクシー運転手君の人柄はよく伝わってきたが、ここぞというときに盛り上がり不足。

ゴッドファーザー&サン  監督:マーク・レヴィン  評価:☆

 ブルースについてのドキュメンタリー シカゴのレーベル「チェス・レコード」が堀り当てたブルース音楽の鉱脈をふたたび明るみにだして、再検討しようという意図か。レコード会社の陽気な二代目のおしゃべりにつきあわされて、正直疲れた。

みんな誰かの愛しい人 監督;アニエス・ジャウィ 出演;マルリー・ベリ、アニエス・ジャウィ、ジャン=ピエール・バクリ、他  評価:★★ 
最初にタクシーの中での客と運転手の口論がフランス人らしい。有名な父親を持つヒロインと周囲の人々との関わりを描く。出演もしている女性監督アニエス・ジャウィは、ちょっとした目線の動きや何気ないセリフで登場人物の揺れる心理を見せる。誰でも経験する親子や夫婦間の心のすれ違いや喧嘩、その後の和解。この日常の風景のひとこまを見せる仏映画は、最近の日本映画よりも、はるかにずっと、かつての50年、60年代の日本映画の優れた部分を思い起こさせてくれる。
| 2004年11月の映画 | 17:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
賢者ワイズマンについての覚え書き
フレデリック・ワイズマンの障害者教育についてのドキュメンタリー4部作を見た。それって誰?という人のために、以下にプロフィールを引用。(アテネフランセ文化センター。一部、省略)
1930年、弁護士を父に社会活動家を母にボストンに生まれる。法律を学び、イェール大学大学院を出るとマサチューセッツ州弁護士会会員となり、弁護士となり活動を始めた。やがて軍隊に入り、除隊後弁護士業の傍らボストン大学で教鞭をとるようになった。(中略)1961年彼はハーレムを地獄のように描いたウォーレン・ミラーの「クール・ワールド」を読み、衝動的にミラーに会いに行き、映画化権を取得した。『クール・ワールド』は、ワイズマン製作、シャーリー・クラーク監督で1964年に完成した。映画は赤字で、ワイズマンは貯金を使い果たしたが、映画製作に目覚めてしまった彼にブリッジウォーターでの強烈な印象が蘇ってきた。この映画は1967年に伝説的なドキュメンタリー『チチカット・フォーリーズ』として完成したが、マサチューセッツ州の最高裁判所で公開禁止処分となり、およそ四半世紀にわたる法廷闘争が始まった。以後、ワイズマンは逆に創作意欲をかきたてられたかのように次々とアメリカの社会構造を見つめるドキュメンタリーを発表。

ある土曜日にアテネフランセ文化センターで見たのは、『視覚障害」、「聴覚障害」、『適応と仕事」、「多重障害」の4作品で、計9時間。それぞれは密接に関連しあっている。
最初の回が始まったのが朝10時50分。3作品で帰るつもりが、ええいっとばかりに最後まで観て、終了が夜9時頃だった。疲れたというより、車酔いしたような感覚。ひんやりした秋の夜気を吸い込み、お茶の水の暗い並木道をとぼとぼと歩きながら、さっき目にした場面を思い浮かべつつ反芻した。
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| 2004年11月の映画 | 23:30 | comments(0) | trackbacks(1) |
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