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映画「花と蛇」
杉本彩が演じる主人公は、エリート実業家を夫に持ち、その美貌を誰から羨まれるタンゴ・ダンサーだったが、派手な見かけとは裏腹に夫婦生活は淡白で、欲求不満が溜まっていた。暴力団から恐喝された夫は、自分の妻の肉体を差し出すことにする。無理矢理にSMショーへ引き出された妻は、90歳を超える暴力団組長の指示によって、覆面をした男たちに代わる代わる犯され、やがて未知の性の喜びに溺れるようになる・・・
これはSM志向のポルノ映画の物語そのまま。画面作りは結構凝っていて、出演俳優たちの演技も真剣そのもの。裸で磔にされたり、花魁の格好で縛られたりする杉本彩の体当たりの奮闘ぶりも、なかなか見ものだった。鞭で叩かれピストルで脅かされて、否応なくカラダを許すのと、同意の上のSM行為との違いは判然としないが、要するに爛熟した女性の肉体で悪の花を咲かせたようという趣向なのだと思う。杉本彩の演技(肉体?)と石井隆の演出は映画を見る観客の欲望によく応えていたので、充分評価できるところだ。こういう映画が話題になってもいいじゃないか。杉本彩の猿ぐつわされた口から溢れ出る生唾がエグい。
作品HP
| 2004年3月の映画 | 12:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画「エレファント」
早朝に窓を開けて、澄んだ空気を鼻孔で思いっきり吸い込んだときのような気がした。そんな繊細で透明感のある映像が印象的。また、アメリカの高校のカフェテリアや運動場へ実際に足を踏み入れたように臨場感のある長回し撮影が驚きだ。ベートーベンの月光を奏でるピアノの響きが、この映像が持つ冷たい輝きを、さらにいっそう増幅しているように感じられる。こんな日常生活の静けさとは裏腹に、ある日、目立たなかった二人の高校生が戦慄的な事件を引き起こす。多くの命が失われ、血が流れる。その日も空に雲が漂っていた、夕闇に包まれてその日も終わった・・・何かの形になったと思った瞬間に、また崩れていく白い雲のように、この事件のおぞましい記憶もやがて失われ、跡形もなく消失していくのだろうか?
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| 2004年3月の映画 | 23:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
きょうのできごと a day on the planet
矢井田瞳の音楽でちょっと救われたが、冗長で退屈な映画だった。他人の飲み会のおしゃべりを延々聞かされたくはないものだ。ビルの間に挟まれた男と救出隊の会話も虚しく響いた。海辺に打ち上げられた鯨が時々潮を吹くのは、中に人が入っているのか、電気仕掛けかなぁ、などと考えていた。
| 2004年3月の映画 | 22:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画「ジョゼと虎と魚たち」
ありとありきたな生活を送る大学生(妻夫木聡)が、障害のある女性(池脇千鶴)と、唐突に出会う事を出発点にドラマは始まる。バイト帰りの早朝に、包丁を持った女が乳母車に乗っているのを目撃するという、その唐突さにインパクトがある。やがて、映画は時が過ぎ行き、燃え上がった愛情がうつろいゆくことの哀しさ、いとおしさを、巧みに表現する。原作は読んでいないが、脚本がよく書けているし、派手さのないしっとりした演出で、主演俳優の個性をうまく引き出していた。今年最も感動した日本映画のひとつ。脇役陣の演技には少し妙な気もしたが、それはそれ。妻夫木聡が池脇千鶴を実家に連れて行こうとする二人のドライブは、色褪せはじめた愛情をなんとか蘇生させようとしてかなわない悲痛さが現れていて、胸を締め付けられる。正月明けに見た作品だけど、改めてここに感想を記述。
作品HP
| 2004年3月の映画 | 16:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画「NY式ハッピー・セラピー」
気弱で不器用な主人公は、航空機の中でのささいないざこざから裁判沙汰に巻き込まれる。判決は、彼の暴力的傾向を抑えるために「怒り抑制セラピー」を受けること。ところが、このセラピストがクセモノで、事態はさらに悪化し、恋人までがこのセラピストに奪われそうになるが・・・

アダム・サンドラー演じる主人公は、ファーストシーンで空港に見送りにきた恋人と別れの挨拶をするとき、すでにストレスの溜まった疲れた表情を浮かべて役になりきっている。キャストはセラピスト役のジャック・ニコルソンを始め、共にセラピーを受けるジョン・タトゥーロなど、個性の強い俳優人を揃えている。そして、そろいも揃ってみんなが、この気弱なキャラクターのサンドラーをいじめるのだが、作品全体を牽引し、ムード作りをしているのは、この不条理な状況に巻き込まれて慌てふためくアダム・サンドラーの演技だ。

ユーモアのセンスはそれほど高いと思わないが、「パンチドランク・ラブ」でも見られたアメリカの若きコメディアン、アダム・サンドラーの芸達者ぶりがうかがえる作品という点で面白かった。
NY式ハッピーセラピーHP
| 2004年3月の映画 | 11:34 | comments(0) | trackbacks(1) |
映画「悪い男」
韓国映画「悪い男」を見る。「魚と寝る女」の監督だと知ってたら、絶対みなかったのだが。感想は・・・

いや〜。クールですね。え、くーる。く〜るく〜る。韓国の純愛は刹那的。情と性欲に訴える。あの業界言葉で「銀残し」というらしい、色味のない渋い映像。海辺のシーンは流行の広告写真みたい。いやあ、実にクールでした。

他に表現のしようがない。正直言って、この映画を誉める人の気がしれない。日本の記者に「北野武の影響受けてないか」って尋ねられた監督キム・ギドクは、「今村昌平が好きです。でも、これまで特に影響を受けた映画作家はいませんね」と煙に巻くように答えたらしい。自分がどんな作家の影響を受けたかちゃんと語れない男に才能なんかあるわけがないぞ。いやあ、クールですね、まったく。僕の頭もく〜るくるしちゃったから、これ以上語れません。この映画は記憶から抹消。
| 2004年3月の映画 | 00:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画「ぼくは怖くない」
そういえば、土曜日に新宿のテアトルタイムズスクエアで、「ぼくは怖くない」を見たのだった。東京都庭園美術館で「ベル・エポック展」を見て、次に東京都写真美術館で「アフガン零年」を見た後だったのだが、見やすい位置にスクリーンがあるので特に疲れを感じなかった。
首をかしげながら見ていた。退屈ではない。景色は美しいし、主人公の男の子はかわいい。封切られたばかりなので、あまり他の人の感想を聞きも読みもしていないのだが、主人公の男の子と誘拐された子供の交流も心温まるものがある。でも、誘拐の話の途中まで、あの“穴”は主人公の想像の世界だと思っていた。ミミズが土を這っていたり、鎖に繋がれた金髪の男の子がでてきたり・・。周囲が美しい麦畑なので、なおさら地下世界が幻想的に思えて、どきどきしながら物語がどう発展するのかと見守っていたら、なんと・・・(以下、ネタバレあり)これは村ぐるみで大人たちが仕組んでいたことというじゃないか?!子供の純情さに対比される大人の世界(5軒しか家がない村)がどうしてああなるんだか?確かに、かつてイタリアでは誘拐事件が多かったらしい。(仏映画「ラクダと針の穴」が参考になる)原作が書かれた時代はともかく、今の時代では、子供に対する虐待の方がリアルに感じられる。もし、大人の心にもともと“悪”が潜んでいるとしたら、もっと前から、つまり“大人の世界”=“穴”の発見以前から、あのつぶらな瞳の少年は気が付いていてもよかったのでは?僕だったら、あんな犯罪に加担するお父さんは絶対に許せないなぁ〜。というわけで、物語の発展に破綻を感じる映画だった。
| 2004年3月の映画 | 00:54 | comments(1) | trackbacks(0) |
映画「アフガン零年」
先週末から東京都写真美術館で公開されて話題になっている映画「アフガン零年」を見た。
男たちみなが戦場に連れて行かれ兵士にさせられるタリバン政権代のアフガニスタン。医師(看護婦?)でありながら給与をもらえない母と老いた祖母を養うために、12才の娘が男の子の姿をして働きにでる話。女の子が男の子のふりをして仕事をもらい家族を養う話は「少女の髪どめ」にもあったが、これはイラン映画。この「アフガン零年」は、アフガンの映画人自身によって制作されている。
この映画を見ると、タリバン支配の時代にどのように女性が虐げられていたかがわかる。一方、女性たちは団結してデモ行進したり、屋内で歌をうたってお祭り騒ぎをしてたりと、頼りにならない男たちに逆らって行動する意志も見せている。
最終的に、少女は土地の実力者らしい男の手に引き渡される。男がどの鍵がいいかと次々に錠前を取り出してみせるシーンに身震いを感じた。少女に残された唯一の自由は、自分を閉じ込める鍵(錠前)を選ぶことしかなかった。その夜、すがすがしい顔つきで入浴する老人。きっと画面に見えない扉の向こうでは陵辱された少女が泣いていたはずだ。
| 2004年3月の映画 | 10:58 | comments(0) | trackbacks(1) |
ストローブ、かく語りき
ペドロ・コスタの最も最近のドキュメンタリー作品「映画作家ストローブ=ユイレ/あなたの微笑みはどこに隠れたの?」(2001)で、ジャン=マリー・ストローブが学生たちを前にこんなことを言っていたのを思い出した。
世界中の労働者の9割は、生活のために自分が望まない仕事をやむえずしている。一方、私はこれまで自分の望まない仕事をしたことがない。私はそれを幸運なことだと思っている。

耳に痛いというか、むしろ脳天に突き刺さる言葉。私はとても同じことを言える自信がないが、ストローブの目には、ほとんどの人は無理矢理働かされているように見えるらしい。「人類の歴史で最も革命的な思想が共産主義だ」と語るのも、労働についての彼のこんな考えゆえだろうか。
しかめっつらで大真面目に語るストローブだが、ときには記憶違いもあるらしい。編集室で妻ダニエル・ユイレと会話するシーンで、ルイス・ブニュエルの自伝に書かれている挿話を引用しているが、あれはちょっと違うと思う。ストローブの話では、ニコラス・レイが「このままでは映画は滅亡する」と嘆いたようにいうが、上記自伝でブニュエルが語る挿話では、嘆くのはブニュエル自身の方で、多額の予算を注ぎ込む代償として作家の自由が奪われるアメリカ映画の製作システムについていけないことを、彼が語っているのだった。
鬼才でも、我々同様に思い違いはするらしい。

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| 2004年3月の映画 | 23:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画「ヴァンダの部屋」
ペドロ・コスタの映画「ヴァンダの部屋」では、ヴァンダという女性と彼女の部屋以外にも、彼女と同様に麻薬中毒である、白人男性が同居しているらしい黒人男性の部屋が登場する。夜になると真っ暗で、たった一本の蝋燭を挟んで、彼らは麻薬注射をしあったり、顔を寄せ合って語り合っていたりする。電気も水道も通らないスラム街の廃墟の一室で、一本の蝋燭の明かりに照らされた黒人の顔は、険しく無表情だが、人生の不安がかすかに浮かびあがってくる。ビデオカメラで捉えられた、その光と影に満ちた情景が、まるでレンブラントの絵画のように思える。
絵画のように構図がいいとか、照明がうまい、とかいう次元の話とは違う。画面に流れている濃密な時間が、時代を超えて、遠い時代、遠い国(レンブラントなら17世紀のオランダ)でも人々が暗闇で膝つき合わせて不安に怯えながらひそひそ話していた、そうして夜が寂しく更けていく、そんな時間と繋がり合っているような不思議な印象だった。
| 2004年3月の映画 | 09:17 | comments(1) | trackbacks(2) |
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