CATEGORIES
RECOMMEND
MOBILE
qrcode

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
映画『コーヒー&シガレッツ』
一昨日、夜の6時半、渋谷の道玄坂を歩いていた。ある仕事関連のプレゼンを終えたあと、多少緊張のせいで疲れてぼおぉっと歩いていると、渋谷セゾンの看板が目に入った。ここで、NYに旅行する前に『コーヒー&シガレッツ』を見たんだった。そして、受付で売られた500円のポスターがずっと気になっていた。英語のタイトルの下に、柔らかい光がコーヒーカップの並ぶテーブルと頬杖をして煙草を吸う女性を柔らかく照らしている写真があるポスター。立ち寄りで買って帰るのに、いい機会と思って、エレベーターに乗ると、この映画が再度見たくなった。特に物語が面白い映画ではない。ひょっとして、眠くなるかな、と思いながら、つい入場して映画館の座席についた。

別々に撮影された十一の挿話で構成されたジム・ジャームッシュの作品。荒い白黒の映像。登場人物はたいてい薄くてまずそうなコーヒーを飲んでいる。取りとめのない会話。オチの見えないジョーク。一度か二度、眠くなりながら、最後まで気持ちよく見ていられた。

コーヒーカップが置かれたテーブル。向かい合って座る登場人物たち。なにかを言いかけて、話がまとまらないまま、会話が途切れる。タバコの白い煙がモノクロの画面に漂う。また、誰かがカップを口に持っていった。コーヒーを啜る音が響く...煙がたゆたうように、時間の流れが停滞している。
続きを読む >>
| 2004年5月の映画 | 01:01 | comments(0) | trackbacks(2) |
映画「紙の花」
京橋のフィルムセンターでインドの映画監督グル・ダットの遺作「紙の花」(149分、白黒、1959年)を見た。
かつて国際交流基金でグル・ダット作品上映会に行って、「グル・ダットは歌や踊りのない映画を撮りたかったのに、映画会社がそうさせなかった」と、聞いて驚いた記憶がある。グル・ダットの「渇き」などを見ると確かにシリアスだが、一方で「踊るマハラジャ」など、かつて日本でも一世を風靡した、歌と踊りを満載させた楽しいインド映画の原点をみる思いがしたからだ。

「紙の花」はグル・ダット自身が演じる映画監督が主人公。映画制作の現場で生まれる様々な葛藤に疲れて、ある雨の晩、酒に溺れながら街をさ迷う。木陰で雨宿りをしていて、見知らぬ若い女性と言葉を交わし、コートを貸したのが縁で、彼女を自分が製作中の映画の主役に抜擢する。やがて新人女優は有名スターへの道を歩み始めるが、映画監督の方は彼の妻や妻の家族との不和、一人娘に会えないことなど、個人的な問題に苦しめられる。さらに交通事故に遭うなどの不運が追い討ちをかけ、ようやく完成した映画も当たらず、映画会社からもクビを言い渡され・・・

続きを読む >>
| 2004年5月の映画 | 23:45 | comments(1) | trackbacks(0) |
映画「レディ・キラーズ」
ジョエル&イーサン・コーエンによる「レディ・キラーズ」を見る。
コーエンは自分たちの映画をシェークスピア劇に模して気取っているわけでもないと思うが、大げさでもったいぶった口調のセリフが多い。髭を生やしたトム・ハンクスが演じる詐欺師っぽい男は、落語に出てきそうな登場人物で、彼が騙せるのは、せいぜい人を疑うことを知らない、あの人のいい黒人の未亡人ぐらいなものだろう。
登場人物たちはユーモラスな人間味があるのだ。だが、どこか戯画的で安っぽく、心に訴えかけてくるものがない。正直言って、「レディ・キラーズ」は途中で席を立ちたくなるくらい、退屈だった。

続きを読む >>
| 2004年5月の映画 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(2) |
オペラ記録映画 「ばらの騎士」
日曜日、友人と話していてうっかりし、映画「パッション」の予告編始まるぎりぎりに映画館に駆けつけると、もう満席、次の回でないと見られないとのこと。予想だにしなかった盛況に面食らい、仕方なしに新宿高島屋を時間つぶしに彷徨するはめになった。買い物するつもりがなかったのに、思わず手に取ったのは、HMVで見つけたカラヤン指揮のオペラ「ばらの騎士」(リヒャルト・シュトラウス作曲)DVD版、1984年ザルツブルグ音楽祭の公演とある。3千円ぽっきりでバーゲン中!帰宅後は、モニターをちらちら見つつ音楽を聴きながら、ブログに「パッション」の愚にもつかない感想を書いていた。

このDVDも悪くなかった。最後の愛の2重唱に胸が熱くなり、5回も6回も聞きなおしてしまう。が、ここで紹介しようと思うのは別のカラヤンによる「ばらの騎士」。このDVDから遡ること24年前、1960年に同じくザルツブルグ音楽祭で公演された「ばらの騎士」、名ソプラノ歌手シュワルツコップが元帥夫人役をつとめた記録映画。僕は本棚を引っかきまわして、大事に保存してたチラシ探し出した。これはきっと20年ぐらい前に印刷されたものだ。有楽町マリオンの朝日ホールでの上映で、しかも「日本最終上映」とタイトルの横に赤地に白抜きで書かれている!

続きを読む >>
| 2004年5月の映画 | 01:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
映画と音楽と旅 (キューバとブラジルの音楽)
島国では生物たちは特異な進化を遂げる、とダーウィンが言ったかどうかは定かじゃないが、キューバという島国に生きる人々が特異であることは誰もが認めるだろう。並外れた音楽感覚、バレーボールや野球を特異とするバネのある肉体。ああ、いつかキューバを旅してみたい!そうずっと前から思っていた。フィルムセンターでの特集上映「キューバ映画への旅」に行ったので、その思いが強くなった。

キューバを舞台にした映画というとヴェンダース監督による「ブエナビスタ・ソシアルクラブ」が知られている。ローカル・ミュージシャンたちの生き様に焦点をあてた作品だ。ヴェンダースは、アメリカ人のライ・クーダを舵とり役にして、奥深いキューバ音楽を探検する旅を試みる。キューバ国内での撮影だけでなく、ミュージッシャンたちがアメリカに招かれニューヨークのカーネギー・ホールでコンサートを開く場面まである。ヴェンダースに興味のあることしか取り上げていないので、アメリカとキューバの複雑な政治的関係にはふれない。

続きを読む >>
| 2004年5月の映画 | 23:14 | comments(3) | trackbacks(0) |
映画「パッション」
誰も描けなかった、真実ゆえの衝撃。・・・その凄惨さゆえに全米ではR指定となり、ローマ法王をも巻き込んでの論争に発展、公開前にもかかわらず、世界中のメディアが連日報道。・・・どうか、目を背けないでほしい。 すべては、その受難の後に始まるもの――。(パッション オフィシャルサイトNIPPON HERALD FILMSより)

イエス・キリストの受難を描いた映画「パッション」の宣伝文句は言葉巧みだ。私たちの怖いもの見たさを刺激し、しかも恐怖の向こうには想像を絶する感動が待っているかのようなイメージ作りを行っている。さすがはアメリカ映画だと脱帽しよう。

イエスの生涯や彼の起こす奇跡を描いた映画は、これまでにもたくさんあった。僕がもっとも親しみを感じるイエス像は、ルイス・ブニュエルの「銀河」に出てくるイエス。早朝に弟子たちとの待ち合わせに遅刻して、「すまん、遅れた」と恥ずかしそうに詫びる姿が人間的だ。ブニュエルやパゾリーニのような無神論者にとっても、キリストの姿は西洋文明の根幹と繋がるだけに特別なもの。ましてや、キリスト教信者であれば、キリストの「聖性」を映像によってどう描くかが問題となる。果たして、メル・ギブソンの「パッション」の場合は・・・
続きを読む >>
| 2004年5月の映画 | 18:12 | comments(2) | trackbacks(0) |
映画「スイミング・プール」
「ホームドラマ」、「クリミナル・ラヴァーズ」などにあった、おどろおどろしさが影をひそめ、最近は「8人の女たち」、「まぼろし」など円熟味が加わった作品をつくるようになったフランソワ・オゾンの新作。

英国の売れっ子ミステリー作家が、南仏にある出版者の別荘を借りて新作執筆にとりかかる。そこへ突然、出版者の娘が現れ、毎晩違う土地の男を連れ込むなどしたい放題。予期しない訪問者に仕事の環境を乱されて、当初女性作家は迷惑顔だったが、次第にこの娘に興味を持ち始め・・・

続きを読む >>
| 2004年5月の映画 | 10:18 | comments(5) | trackbacks(2) |
台風が近づく&映画「スクール・オブ・ロック」
台風が近づき、雨が降り続ける夜、日比谷で「スクール・オブ・ロック」を見た。笑いながらも、冷房のききすぎで、寒々している。観客まばら。
蕎麦屋「泰明庵」でシラスのかき揚そばを食べる。温かくて旨い。九時で閉店。裾を濡らしながら、飲む場所を改めて探して歩く。

「スクール・オブ・ロック」は、怪優ジャック・ブラックの始終小刻みに動く身振りやエキセントリックな表情が強烈。まるで巨大な赤ん坊だ。対して、つんと澄ました優等生っぽい私立小学校のキッズたち。彼らの妙なアンサンブルが楽しい雰囲気を醸している。
ロック好きのジャック・ブラックが友人になりすまして、私立小学校の代用教員となり、子供たちにロックの根本を伝授するというストーリー。考えてみれば、規律の尊重を教える学校で、子供に反抗心を煽るロックを教育するという設定はかなり突飛。数日後ジャック・ブラックの正体がばれてクビになったとき、子供たちが「でも、いい先生だったよな〜」と言って、学校を抜け出し彼の居候先に会いに来る展開に、案外と「いいぞ」と乗ってしまった。それというのも、ジャック・ブラックのロックオタクぶりと、彼より数倍知能指数が高そうな子供たちが半信半疑、遊び心半分で係わりあう様子がテンポよく描かれいて、皮肉が効いた鷹揚さと、ほっとする温かみが映像から感じられたからだ。この映画は、ぴりっとした山椒と甘いケーキの、一口で両方の味がする。
続きを読む >>
| 2004年5月の映画 | 00:57 | comments(3) | trackbacks(1) |
映画「コールドマウンテン」
この感想は、書き込み翌日に知人から借りたプログラムの読後、間違いが含まれていたので、訂正しました。(以下、斜体文字があとからの訂正)

アメリカの南北戦争によって引き裂かれた男女を巡るドラマ。ストーリーが大事な映画だけに、ネタバレ情報は避けたい。メロドラマの常道に則って、情緒たっぷりに物語が進行するので、結末までの時間がまったく短く感じられた。こういう類の映画を見る場合、そのメッセージの有効性、アメリカ人の良心(「どんな理由であれ、人を殺さないで!」)がどこまで本気なのかは、とりあえず忘れたい。「コールドマウンテン」という地名、後半にはその地名にぴったりの雪の山中で、男女の愛の炎が燃え上がり、男同士のガンによる決闘が起こる。うわー、まるで西部劇。

映画は2003年、英・伊・ルーマニアでの製作。ただし、プロデューサーはアメリカ人。脚本・監督のアンソニー・ミンゲラはイタリア人の血を継ぐイギリス人。ほとんどの屋外シーンのロケ地はルーマニア。アメリカ・サウスカロナイナ州の風景、街並み、そして戦場がみごとに再現されている。

まず音楽がいい。昔はカントリー・ミュージックに興味がなかったのに、アイルランド音楽が好きになってから、この手のものにも惹きつけられるようになった。牧師が「この土地の美しさが私を癒してくれる」といってたと思うが、ヒーリング系音楽が流行する昨今にぴったりの音楽の出だしで映画が始まるので、ああいかにもという感じがする。そこがまたいい。

劇中のフォーク・ミュージックの演奏は、「オー、ブラザー!」も担当したT・ボーン=バーネット。
続きを読む >>
| 2004年5月の映画 | 00:54 | comments(0) | trackbacks(1) |
映画「MAY <メイ>」、「土方巽・夏の嵐」
■MAY <メイ>
人形を友達にする女性メイの奇怪な行動を描く。普通に見ればメイはどちらかというと美人系だと思う。しかし、視覚障害があって子供のころから友だちができず、部屋に奇妙な人形を置いて話しかけている。この人形が、四谷シモンとかの人形よりも、かなりぶさいくで気味が悪いなあ、と思っていると、どんどんおかしなほうに話しが発展する。
怖い。どうして、こんなの見に来てしまったのか、と思った。ああ、怖かった。動物病院で手術の手伝いをしている、あの孤独な女性メイが、あんな風になることは、物語の前半で薄々感じづいていたんだが・・・。
駐車場でオンボロの車を撫でさすっていた男を愛するようになるなんて、きっとフェチ的なところがメイと似通っていたんだな。ああ、人間の狂気って、誰の心の中にも巣くっているかもしれない。
客席を見回すと、みんな背筋を伸ばして普通に見てる。信じられなかった。僕は片目、片耳、押さえていたのに。(音がまた気持ち悪い)

■土方巽・夏の嵐
今は亡き伝説的な舞踏家、土方巽が73年に行った京都大学での公演を撮影した8ミリフィルムをもとに再構成してつくられたドキュメンタリー映画。気持ち悪い。「メイ」とは別の意味で。土方の舞踏は映像でさえまともに見たことないので興味があった。でも、この映画、変だ。肉体の動きと聞こえてくる音楽とが、まるで噛み合ってないように思える。気持ち悪い。土方の舞踏とはこんなものなのか?それとも、この映画の演出が不快感を作っているのか?元映像には音がついていなかったようだが、確信がもてない。映画の製作者は公演のスタッフだったようなので、「土方のダンスはこれだ」と言われれば、知識のないこちらは納得せざるをえない。しかし、銀紙を歯で噛んだように生理的な気味の悪さだが、後味として残った。
最後に土方の出身地、秋田の農村・漁村の風景が説明的な字幕と共に映しだされるのは、どこかNHKのドキュメンタリー番組の手法を思わせた。映像が見せる“もずく”の粘りと土方の肉体の運動と、どういう関連があるというのか、僕には理解不能だ。
| 2004年5月の映画 | 17:55 | comments(0) | trackbacks(1) |
| 1/2PAGES | >>